光忠が見たモノは一体なんだったのか

あ"ー、と、気の抜けた声が口から出た。
目の奥がズキズキと痛み、目頭をぐっと抑えて降りて来たエレベーターに乗り込んだ。

残業続きで目の下の隈が濃くなった同僚に同情して、残業に付き合ったが、こんなに長引くなんて思ってもみなかった。
帰る時に同僚からは助かった、とは言われたが、もし、自分が手伝わなければ、あの仕事はどうやって処理したのだろうか。

社畜。
そんな言葉が似合う同僚に改めて、不思議に思った。

そんな事を考えているうちに、エレベーターは目的の階に到着し、ぽーん、と軽い音が鳴りドアが開いた。
エレベーターから下り、帰る場所である部屋の前に着くと、スーツの内ポケットから雫型のスマートキーを取り出すと、それを翳し部屋のロックを解除した。

音を立てないよう、ゆっくりとドアを開けると、ウインドベルが小さくなり、思わず動きが止まった。
だが、更に慎重にドアを開け、玄関に入るとパッと明かりが灯り、気を抜かないようドアをゆっくり閉め、全てロックし、警報アラームをセットし、ふぅ、と思わず息を吐いた。

自分が勝手に残業を引き受けて帰宅が遅くなった。
そのせいで、眠っているだろうと思われる恋人達を物音で起こしたくはなかった。

リビングの明かりは消えている。
風呂場からも洗濯機以外の音はしないし、やはり寝ているのだろう。

そろり、そろり、と足を動かし、リビングへ続くドアを開けた。
きぃ、と小さく音を立てたが、これぐらいで起きないのは実証済み。

そのドアを閉め、リビングへ行く前にキッチンへ寄り、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出し、リビングへと行き、電気を付けソファの上に腰を下ろした。
缶ビールのプルタブを開け、ゴク、ゴク、と一気に半分程飲み、それをテーブルの上にことん、と置くと、髪のセットをグシャッと崩し、ネクタイを外し、スーツを脱いだ。
ボタンもぷち、ぷち、と半分程外し、ソファの背もたれに体を預けると、やっと家に帰って来た事を実感出来た。

以前…、まだ一人で暮らしていた時は、家に帰っても、安らぐ事はなかった。
寝に帰るだけのようなもので、週末に広光の家に泊まるのが唯一の安らぎだった。

だが、今は違う。
この家には、愛する恋人が二人もいる。

一緒に食事をして、言葉を交わして。
キスをしたり、触れ合ったり、愛の言葉を囁いたり。
そんな時間がとてつもなく、幸福で、気を緩めてしまうと泣きそうなぐらいだった。

ふぅ、と息を吐き、立ち上がると百合の部屋の前へ向かった。
残業で遅くなる時、百合や広光には先に眠ってもらうようにしていて、帰宅してから彼女や広光の寝顔を見て、その唇にキスをするのが習慣になっていた。

今日もいつものように、と、先に百合の部屋の前へ行き、慎重に音を立てないようにドアを開け、彼女の部屋の中を覗き込んだ。


「……あ、れ…、いない、」


部屋を覗き込むと、そこに百合の姿はなかった。
いつもなら、ベッドに膨らみがあるのだが、今日はそれがなかった。

ん?と首を傾げて部屋の電気を付けると、やはり百合の姿はなかった。
だが、ベッドは若干、乱れていて、確かに百合は此処で寝ていた筈だ。
一瞬、トイレかもしれない、と思ったが、帰宅してからそれなりに時間は経つが、トイレから出て来るどころか、物音すらしない。

はて?と、更に首を傾げたが、ふと、思い付いた。
もしかしたら、広光の部屋で一緒に寝ているのかもしれない、と。
百合の部屋の電気を消し、慎重にドアを閉め、彼女の部屋の隣、広光の部屋へ向かった。

一緒に寝るなんて珍しい。
そう思いつつも、口元は緩んでしまった。

百合と触れ合うのも好きだ。
広光と触れ合うのも好きだ。

だが、それと同じぐらい。
もしかしたら、それ以上に好きな事が、広光と百合がキスをしたり触れ合ったり…、じゃれている姿を見るのが好きなのだ。

子猫の戯れのようで、それを見ているだけでゾクゾクしてしまう。
こんな性癖は持っていなかった筈なのに、興奮するようになってしまった。

まあ、それも悪くないか、と思いつつ、素直にそれを受け入れ楽しんでいる事を二人は知らない。

広光の部屋のドアをゆっくりと開け、部屋の様子を伺うと、広光のベッドには大きな膨らみがあった。
やっぱり一緒に寝ていたか、と、広光と百合が寄り添って眠っている姿を想像すると、またゾクゾクしてしまったが、それは仕方ない。

ゆっくり、足音を立てず部屋の中へ一歩、足を踏み入れ、違和感を感じた。
リビングから部屋の中へ差し込む明かりにようやく慣れたのもあって感じた事だった。

掛け布団から出ているのは、肩と腕とふくらはぎ。
ふくらはぎが出るのは分かる…、腕も、まあ、分かる。

だが、肩は何で出ているのだ。
広光はタンクトップを着ている事が多いから、可笑しくないかもしれないが、百合はTシャツを着て寝る。
百合の肩が出ている訳がない。

恐る恐る、ドアを更に開け、リビングからの明かりを部屋の中へ入れた。

その、次の瞬間。


「っ、……はあぁぁぁっ?!えっ、うそ、えっ、はぁっ?!」


先程までの物音を立てない慎重さはどこへやら。
確実に起きるだろう声がしん、と静まり返った部屋に響いた。

裸、だった。
広光も百合も裸だった。
ベッドの下には丸まったティッシュが幾つもあり、床にはコンドームの箱が転がっていた。

これを見て、ナニがあったのか分からない程、バカじゃない。
広光とはこんな状況になるような事を数え切れない程している。

まあ、広光と百合はセックスをしたのだろう。
広光と百合がセックスをした、二人で。
自分が居ない時に二人で楽しんだ。

二人にとったら、初めてだっただろう。
だから、自分も混ぜろ、とは言わない。
ただ、二人のセックスを見ていたかった。
二人が初めてセックスする時、自分もその場に居たかったのに。


「ん、っ……、み、つただ…?」

「伽羅ちゃん?!なんで!!」

「ぅる、さい…、っ、」

「何で僕が居ない時にセックスしたの?!」

「だまれ、うるさい」

「なっ、酷い!!」

「んぅ、……んっ、みつ、ただ…、さん…?」


流石に叫び声で起きた広光にキャンキャンと子犬のように声を荒げると、寝ていたところを起こされたからか。
不機嫌さを隠す事なく、顔をしかめ、広光はそう言った。

言葉の応酬で百合も起きた。
瞼を必死にこじ開け、発した声はガラガラで掠れていて、広光とのセックスがどれだけ激しかったのか手に取るように分かった。


「気にするな、寝ていろ」

「ぅ…、ん、…」

「ちょっ、なんで!!」

「あれだけヤレば体も辛いのは当然だろう」

「はあっ?!何それ!」

「俺も眠い、寝かせろ」

「ちょっ、伽羅ちゃん?!」


そう言って広光は百合を抱きしめ、再び寝入ってしまった。
自分の制止なんて聞かず、数秒後には肩が規則正しく揺れ、完全に寝入ってしまった。
百合は、広光の言葉を素直に聞き、とっくに寝てしまったし。

これ以上騒ぐと、本格的に広光の逆鱗に触れてしまいそうだ。
この場は素直に引く方が賢明で、苛立ちを含んだ溜め息を一つ零し、部屋から出てドアをゆっくりと閉めた。


「あ"ーーー…、…僕もセックスしたいのになぁ…、」


つい、口から出た言葉に虚しくなり、投げやりにソファへと身を投げ出した。