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誰しも憧れや夢を抱く事はあると思う。それはもう子供の頃なんかは特に。
例に漏れず、俺もこのヒーロー社会において、ヒーローに憧れたうちの一人だ。
けどこの世界は平等じゃなくて、まぁ、端的に言えばヒーローになる事は早々に諦めた。地味な個性だし、元々そんな強くないから。
でも、今となってはもうそれはいいと思ってる。別の夢があるし、後悔なんかはない。


「絵藤くーん」
「ん、はい?」

午前の授業が終わり、さて昼飯食いに行くかと思いつつ教材を片付け始めた時、名前を呼ばれた。さっきまで授業をしてくれていた担任だ。
ちょいちょいと手招きをされたので、片付けは後回しにして話を聞きに行く事にする。

「絵藤くん、デザイン専攻だよね。こないだ言ってた事許可取れそうなんだけど、午後は空いてるかな?」
「ま、まじですか!いんすか!」

思わず両手をグッと握り締めた俺に、交渉頑張ったんだよーなんて笑顔で言ってくれる先生は神かと思った。最高。

「でも、向こうの先生の言う事を絶対にしっかり聞く事。危ないからね。それが約束出来るなら良いってさ」
「っはい!約束します!ありがとうございます!」

うんじゃあまた昼休み後にね、と言って先生は去っていった。たぶん飯だ。


こないだ言ってた事、それはサポート科での実習授業の事だ。雄英高校と言えば花形のヒーロー科だが、それ以外のクラスでもやっぱり実習はある。
実習と言えども各個人やりたい事や目指す場所は様々で、かく言う俺はデザイン専攻。だから、ヒーロー科の実習でデッサンっつーかクロッキーっつーか、とにかく彼らを描かせて欲しいとお願いしていた。
散々毎日の様に言い続けてたら、こうして良い結果が出たのだ。
まじかーまじで遂にヒーロー科の実習見れんのか。滾るな。

「うっし!」

気合いを入れてからパパッと教材を片付けて、まずは腹ごしらえとばかりに食堂へ走った。





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食堂で美味い飯をたらふく食って満足していたら、近くのテーブルで騒ぐ声が聞こえた。

「うるせぇ黙ってろ殺すぞ!!」
「おい落ち着け爆豪…」

物騒な物言いに思わず呆気に取られて騒ぎの元を見つめてしまう。
なんだ、なんなんだ。俺は今満腹で幸せなんだよ。
じーっと見ていても原因はいまいち掴めない。よく分かんないけど怒り狂ってらっしゃる。でも怒ってる人怖いけどよく見たらすげーイケメンな。

「海人、あんま見てないで行くぞ」
「ああーー…、わりぃー」

一緒に飯食ってた友達…の佐野に声をかけられて、それでも目を離さず上の空で返事をしたら頭を叩かれた。いてぇ。
渋々席を立って佐野の背中を追う。何故か目を離す瞬間イケメンくんと目が合った気がして振り返ったけど、そいつは別にこっちを見てなかった。気のせいか。
まぁいいかと思い直して、もう食堂の入口付近まで歩いていってしまっていた佐野を慌てて追いかけた。

「どこで個性使ってんだよお前」
「えー、あれ、俺今使ってた?」
「自覚ねえの…まぁ別に良いけどさっきの騒ぎの何が良かったの」
「………自覚ないもんわかんね」

ほんとは多分、何となく分かってたけどシラを切る。
俺の個性である瞬間記憶は、意図して発動する時もあれば無意識に発動する時もある。
無意識の時は、感動してたりなんだりした時。
激おこくんがイケメンだったからじゃね、なんて言ったら、こいつ絶対なんか言う。それはめんどくさい。
ふーん、って言ってこの話題を終わらせてくれた佐野に内心感謝しながら、自分でもよく分からない感性に小さく溜息をついた。




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