秋惜しむヒヤシンス
今日は日曜日。黄瀬と買い物に行く日だ。
朝、珍しくユキさんの声ではなく地面に叩きつける雨の音で目を覚ました。カーテンを開いても朝日は拝めず、空にはどんよりとした雲だけが存在していた。止む気配のない雨にどうしたものかと悩んで何か連絡が来ていないか携帯を確認する。

【雨だけど大丈夫っスか?】
【銀城っちが嫌ならまた今度でもいいっスよー!】

開いてすぐ確認できる通知画面に黄瀬から私次第とのメッセージが入っていたので大丈夫と返事を返し、あくびを噛み締めながら階段を降りた。たまになら雨の日に出かけるのも悪くない。
まだ少々残る眠気を感じながらバランスのとれた朝食をとり、時間をかけて歯を磨き、はねた髪を整え、適当に選んだ服を着て、大きめの鞄に荷物を詰める。気付いたらもう全ての用意ができていた。時計を確認すると三十分も予定より早く準備を終わらせることができたようだ。けど早く着きすぎても待つことになりそうだし、雨の中で待つのも気が進まない。そう考えて時間を潰すためソファに腰を下ろした。いつも通りクッションが良くて未だ目覚めきっていない体には布団にも引けを取らない心地よさがある。瞼が下がってくるのは最早必然的だった。

ハッとして目が覚めたのと携帯が震えたのは同時だった。机の上に置いていたせいでバイブが振動してうるさい。急いでとった携帯の画面には黄瀬涼太の文字が堂々と写し出されていて応答ボタンを押すのを躊躇してしまう。

『はい』
『銀城っち今どこっスか?』
『……家』

やってしまった。雨の中待つのは嫌だと言ったのは自分のくせに人を待たせるなんて最悪だ。責める様子のない黄瀬に罪悪感が募る。いっそ責めてくれた方がまだマシだ。

『ごめん二度寝してた』
『二度寝?』
『そう……雨降ってるのにごめん。すぐ行く』
『よかったー。銀城っちって寝坊とかしないから事故にでもあったのかと思ってハラハラしてたんスよ』

黄瀬に無駄な心配までかけてしまっていたようでますます申し訳ない。
電話を終えた後、速攻で玄関まで走り靴を履いた。驚いた様子で見送りに来たユキさんを満足に確認できないまま急いで外に出た。

「夕食までには帰ってきますので!」
「え、ええ。お気をつけていってらっしゃいませ」

電車を使って行くつもりだったが車で行った方が速いに決まっている。今日だけは車を出してもらおう。この時だけは親に感謝した。


待ち合わせしていた場所には見つけやすい長身の黄瀬が一人で立っていてそれだけで視線を集めていた。水たまりの上を走っているせいで靴下にジワリと水が染みてこんでくるが気にしてはいられない。

「黄瀬!」
「え、銀城っち!?」

深く息を吸って荒い息を整える。全力で走ったのは久しぶりで日頃運動していないのが分かる。

「ご、めん。待ったでしょ」
「大丈夫っスか?」

最後にもう一度深く息を吸う。肺にたまった息をゆっくり吐き出せば呼吸も普段通りに戻って折り曲げていた上体を起こした。見上げた先には心配そうな黄瀬がいて、あの日みたいに間抜けな顔をしていた。それが可笑しくて、ちゃんと謝ろうと思っていたのに顔の力が抜けてしまった。

「うん大丈夫。本当にごめん」
「いいっスよ。いつもは俺が待たせてるし帳尻合わせってやつっスね!」

使い方を間違ってるのに自信満々な黄瀬につい笑いが溢れる。仕事先の人か友達にか、とりあえず誰かに教えてもらったのだろう。

「そうだね。おあいこだ」

顔を見合わせて笑い合う。黄瀬は相手に気を使わせないのが上手だ。まあ、それに甘えてしまうのは私の悪いところなのだけど。

「って銀城っち! 足ビショビショじゃないスか!」

視線下げたら靴下の色は変色していて足を動かしたらグジュグジュと音がする。濡れてて気持ち悪いがこれ以上私に時間をとらせるのは嫌だ。最悪、黄瀬がバッシュを選んでいる間にサンダルでも買えばいい。

「黄瀬が選んでる間に代わりの靴でも買うよ」
「だったら俺が選んでもいいっスか?」
「私の靴を黄瀬が?」
「あっ、嫌ならいいんスよ」

黄瀬がそうしたいのなら断る理由はないし私も誰かに選んでもらうのは嬉しい。

「ううん。選んでほしい」
「ほんとっスか! 任せてくださいっス!」

ヘラリと笑った黄瀬は嬉しそうだった。
黄瀬の笑った顔は好きだ。屈託のない、晴れの日の太陽みたいで。なのに、そんな黄瀬の笑顔が曇っているのはなんだか勿体ない。
ーー何も難しいことから始める理由はない。簡単なことから向き合うのだっていいはずだ。

「ねえ、次は私の用事に付き合ってもらってもいい?」
「もちろん! 休みの日また言うっスね」

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