非日常な日常


「ああああ! しつこい! いい加減諦めて!!」

喋りもせずに追いかけてくる黒い物体にそこら中に落ちてるものを投げながら全力疾走で一棟を目指す。
このショッピングモールに閉じ込められてからどれくらい経ったとかは分からないけど、そろそろ長い付き合いになってきそうなキモい真っ黒くろすけに親近感が湧くことなんかなかった。
ていうか追いかけるなら叫ぶくらいしてよ、怖いじゃん! いやあいつらに口なんかないんだけどね?

そろそろ一棟まで後50mまでさしかかったときに視界の端に移った水色の人影……人影? え、水色!?
ここに閉じ込められてから人を見たことがないわけじゃないけどいつの間にか全員いなくなっていた。
久しぶりの人、しかも水色、絶対レアキャラだよ……。見た目は高校生くらいかな、見た所意識はないみたいだし助けてあげた方がいいかもしれない。

一度決めたらあとは実行するだけ。後ろは振り返らずに水色の男の子を掴んで一棟に思いっきり滑り込む。あっぶなーー!! うん、今回はマジでギリギリだった。
でも怪我もしてないし目当てのモノもとってこれたし人に会えるし今日はツイてるぞ。もしかしたら今日が脱出記念日になるかも!

「ーーあれ、ここは……?」
「あ、起きた? ねえ君どっからきたの?」
「!? 誰ですか!」

少年はけっこう可愛い顔をしてる。後輩感が強い。そんな子に警戒されると普通の女子高生としては傷つくよ。そこ! ギリギリとか言わない!
少年に警戒をといてもらうためにゆっくり優しく声をかける。

「初めまして! 私早岐湊。君が倒れてたからここに連れてきたんだけど、君のこと聞いてもいい?」
「……僕は黒子テツヤです」
「黒子君だね! よろしく!」

ひとまずは黒子君から話を聞くことが先決かな。私に驚いてはいるけどこの状況自体には驚いてる様子がないっぽいから前からここにいてるのかな。
けど一週間前にした見回りのときには黒子君の姿は見つけていない。そうしたらここに来たのはそれより後か。こんな頼りげない子一人が残っていられるほどこのショッピングモールは安全な場所じゃないし誰か他にも友達がいてるのかな?

「黒子!!!!」

突然後ろから聞こえた声に振り返って見えたのは赤い髪の毛と拳。これ私死んだわ。
「早岐さん! 起きてください早岐さん!」

私を呼ぶ声が聞こえる。だれの声? こんな優しそうな声を喋る化け物いたっけ。いや、でもこの感触は……手? 人、人間、黒子君、黒子テツヤ君。

「わああああ!!! 起きた! 今起きた! 無事!?」

そうだ思い出した。確か黒子君と喋ってたら後ろから声が聞こえて振り返ったら殴られたんだっけ。それで気を失ってたのか。
殴ったやつはどいつだ。ここは先にいる先輩として一回シメてやる。

「あ? なんだよ」
「不良だ……」
「ちげえよ!!」

赤い髪の毛に初めて見た眉毛、不良の流行り? ていうかデカすぎないかこの子。人間食べるタイプの巨人でも違和感ない。

「火神君、この人は早岐湊さんです。とりあえずは殴ったことを謝ってください」
「なっ!! ……チッ…わるかったな」

火神君舌打ちしたよね、したよね今! お姉さん聞いたよー聞いちゃったよー。火神君は不良なだけあってなかなかに態度が悪い子みたいだ。

「火神君があなたを殴ったことは本当にすみません。……ですが、はっきり言うと僕は貴方を怪しいと思っています」

お、おおう黒子君唐突だね。ガラスの心にヒビが入った……やっぱりダイヤモンドで。あれダイヤモンドって固くなかったけ?

「ここにきて不安で疑いたくなる気持ちは分かるよ。けどさ、私普通の人間なんだよね。なにも知らないよ。君達より先にここにいるってだけでね」
「嘘くせえ」

一刀両断って、聞く耳持たない感じなの。ちょっとは信じて欲しいんだけど。最近の男子高校生怖い。

「本当になにもしらないんですか? 早岐さんのような女の人が一人であの化け物から逃げれるとは思えませんが……」
「……あれ? 黒子君知らない? あの化け物倒せるよ」
「はあ!?」

化け物から逃げるだけじゃ一生ここから出られないことになるよ。化け物が倒せないわけないじゃないか、倒せないとかそれなんて無理ゲー。脱出とか絶対無理なやつだ。

「そんな簡単に倒せるわけじゃないけどね。そうだなあ、タダで教えるのはあれだしー……」
「早く教えろよ」
「そうだ! 私と一緒に行動してくれるならいいよ! 教えてあげても!」

火神君と黒子君の顔がすっごい歪む。変な提案でもしたかな。


「なんでこんなやつと……」
「火神君、仕方ありませんよ」

頭を抱えてややオーバー気味にリアクションする火神君はアメリカ育ちっぽい。不良でアメリカ育ちって、絶対喧嘩強いじゃん。てか何気に黒子君辛辣だね!
私が出した条件に黒子君が返した答えは実際に化け物を退治してるところを見せて欲しいとの事だった。
そんなすぐに倒せる様なやり方じゃないんだけど、背に腹はかえられぬ。ここでやらなきゃ男じゃない!! いや、乙女だけどね。一応。

なるべく向こうから襲ってこない大人しい黒い化け物に近づき触れてしまえば帰ってこれなくなるような、虚ろで底なしの目と視線を合わせる。いつまでたってもこの瞳は嫌いだ。
黒い体に手を伸ばした。何かに触れると同時にすごい力で意識を引っ張られる。

「早岐さん!?」
「おいお前なにしてっーー!!」


ーー目を開けた時に目の前にいたのは小さな女の子だった。勿論普通の女の子じゃなくて体は真っ黒なんだけど。
今回は当たりかもしれない。すぐに終わりそうかな。なにも準備してきてなかったから、やばいやつがきたらどうしようかと思ってたから安心した。

「お母さん、お母さんいないの、お母さん寂しいよ、お母さん、お母さん」
「はじめまして! 君は迷子なのかな? お姉さんと一緒にお母さん探そっか!」
「お姉ちゃんだあれ? お母さん知ってるの?」

ごめんね、お母さんは知らないんだ。でもちゃんとあそこまでは連れて行ってあげるから。

「そーなの! だからお母さんのところに早く行こっか!」
「うん!」

女の子と手を繋いで何もない白い空間を歩き出す。勘が正しかったら多分こっちにあれがあると思うんだけどな〜。


暫くプリキアの話をしながら歩ていくと赤い可愛らしいドアが見つかった。ここまでなにもなしにこれるなんてこの子は本当にめずらしいタイプの子だ。

「君のお母さんこのドアの向こうにいるの。だからこのドアを開ければお母さんに会えるよ」
「ありがとう! お姉ちゃん!」

きっと嬉しそうに笑ってるだろう顔を想像して女の子に手を振る。うん、かわいい。

「お姉ちゃん、ほんとはね全部しってたの」
「ーーーそっか、最初からもうここにくるつもりだったんだね」
「うん! でもね、一人はさみしいからだれかが来るのをまってたんだ!」
「お姉ちゃんも一人は嫌いだなあ」
「じゃあ一緒にきてくれる?」

時々こうして向こうに行くのを誘ってくるモノがいる。それは善意かもしれないし、悪意かもしれない。向こうに何があるかは知らないが、多分このドアは通っては行けないのだと思う。

「ごめんね、お姉ちゃんにはさ待っててくれる友達がいるんだ。だからね、ちゃんと帰らなくちゃ」
「そうなんだ……。お友達は大切にしなきゃいけないってお母さんもいってたもんね」

どれだけかかったっていい、私はここを出なければいけないのだ。それに今は黒子君と火神君が待っているから戻らないと。

「ここにきてくれてありがとうお姉ちゃん! ばいばい!!」

女の子がドアの中へ完全に入ったと同時にドアが消えてここにはなにもなくなった。

「……あはは…今日ほんとについてるよ」

新しい人に会えて、化け物退治なんて絶対怪我すると思ったのに荒事は起きなかったしーーー急激に襲ってくる眠気に耐えきれず、そのまま目を閉じた。


誰かの気配を感じて目を覚ますと大量の紫苑が目に入る。いつも通り埋まってる。てことは、つまり

「成功だよね?」

体を起こしながら黒子君がいるであろう方をみる。すっごい静かなんだけど、え、ほっていかれてないよね。いるよね。いなかったらさすがに人としてどーよだよ!?

「え……あ…すみません、状況が理解できなくて……」

そうですよね、外から見ててもなに起きてるか全然わかんないよね。飲み込まれたと思ったら花に埋もれてでてきたわけだから謎すぎる。中になにがいるかわからないから連れてけるわけもなかったんだけどね。

「だよねー……わかるよ。わかる。言いたいことは大いにわかる! てことで移動してから順を追って説明するね」

説明するためにとりあえず安全な場所に移動する。この時間帯ならここにはなんもいないはずだし、多分安全。
黒子君と火神君が座ったのを確認してから、どこから話すか考える。

「あの黒いモノはどうして僕たちを襲うんですか?」
「多分なんだけど成仏? かなんかしたいんじゃないかなあ、知らないけど」
「成仏って幽霊かなんかかよ」
「あー違う違う、そんなかわいいやつじゃないね」

知った口聞いてるけど実はこれ全部推測なんだよね。色々間違ってそう、頭使うのはやっぱ苦手。間違ってたらごめんね黒子君。

「アレに触るとなんかグワーってよくわからん空間に飲み込まれて、そこで襲われたりー……あーでもなにされるかは分からないかも」
「なんだそれ」

火神君、その使えないって顔はやめなさい。表情が変わらない黒子君に対して君はすぐ顔にでるタイプだね。あ、そういうバランスか。バランスが取れているのか。

「共通してるのは絶対どっかにドアがあるってこと。そんでもってドアの向こうに行かせたらもうこっちの勝ちだ。空間は消えてここに戻ってくる! わーい簡単だね!」
「わかりません」
「うっ!!」

今のはグサッときたよ黒子君。即答とはなんだ、折角説明してあげたのに。

「ところで、あの花なんだったんだよ」
「あれはなんか成仏したら紫苑になるみたいで」

最初なにも知らずに起きた時に紫苑に埋まってたのは今でもトラウマだったりする。なんの花か分からなくて本屋に直行して図鑑で調べまくった記憶は随分と昔のことに思えるーー待って、よく考えたら結構ここにいてない? いつになったら帰れるんだ。

「それってなんかここに閉じ込められたのと関係あんのか?」
「今のところ謎のままですね」

じっちゃんの名にかけたりして謎を解きたいです。うん、こっから早く出て行きたい。

「早岐さんはあまり頭が良くないんですね」

見た目に似合わずはっきり言うよね、黒子君。自分の意見をはっきり言えるのはいいことだと思うよ。
そう思うんだけども傷ついてしまった、全然間違ってはないんだけど。私の取り柄といったらひたすら前向きなことくらいだし、かしこさとは無縁なわけですよ。

「でも行動力は素晴らしいと思います」
「え!? あ、ありがとう……ございます」

黒子君落として上げるタイプなの、これは人の扱いが上手い人だよ絶対。てか予想の斜め下からきたもんで思わず敬語になってしまった。
動揺してるのがなんか恥ずかしいとか思ってるとなぜか黒子君と火神君が目を合わせだす。うわ、疎外感ハンパないこれ。別にいいけどね! 今日会ったばかりの他人だからね!

「僕は大丈夫だと思いますよ。僕達よりも色んなことを知ってるみたいですし」
「まあ、そーだけどよ……」
「火神君は反対ですか?」
「そーゆーわけじゃねえけど………あーー! 考えんのは性に合わねえ! 全部お前に任すわ!」

急に大きい声出すのはダメだよ。あいつらに気づかれたら後々めんどくさいんだぞ火神君。
何か話してたみたいだけど終わったみたいーー終わったよね。こっから早く離れたいんだよ。黒子君に念を送ってると、あの何を考えてるか分からない目と目が合った。

「早岐さん、もしよかったら僕達と一緒に来てくれませんか?」
「……へ?」

急展開すぎておばあちゃんついていけてないぞぅ! お前も仲間に入れてやるよ的なそんな感じなの? そういうことなの? それで話進めるよ!?

「私はいいんだけどさ、そのーお友達とかが大丈夫なの?」

話的に他に人がいるってことだよね。なんか怖いなあ。だって火神君なんか警戒心強すぎて殴っちゃったんだよ。警戒心があるのはいいことなんだけどね! しかしあれは痛かった、うん、痛かった。

「悪い人達ではないですから、ちゃんと話したら大丈夫だと思いますよ」

それ信じるよ黒子君? お姉さん自覚してる分にはメンタル強いけどあんまりにも酷い仕打ちされると傷つくよ。

「じゃあ、まあ、いいよ……?」

ポジティブシンキング、逆境に立ち向かってこそ人は輝くのよ湊。知らないけどさ。
黒子君情報によるとお友達がいるのは三棟の二階、本屋さんにいるらしい。三棟は一階にすごい数の化け物がいるんだけど二階はノロマばっかで安全圏。
それに比べて二棟はガチで地獄。どこ見渡しても化け物化け物化け物! それプラス凶暴な化け物が牛耳ってるせいで強い奴が多いからあそこは最悪。ここから三棟に行くには通るしかないんだけどね。

「最短距離は二階を全力疾走だね」
「俺はいいとして黒子体力持つか?」

黒子君明らかに文学少年だもんね。そういう属性はいいと思うけどここでは裏目にでてしまった。惜しいよ、リアルで出会っていたかった子だ君は。

「頑張ります」

不安しか感じない。気合い入れてくれてるのは可愛いよ、撫で回したいよ。けど、けどね!?

「いざとなったら私が担いで走るよ……」
「えっ」

覚悟を決めなきゃいけない時ってあるんだよ黒子君。

「俺が担ぐわ!!! あんた女だろ!?」

やだ火神君イケメン……? 現役男子高校生にトキめいてしまった。
でも、よく考えたら黒子君向こうからこっちに来れたんだからいけるんじゃない?

「さあ走って走って走りまくれ! 化け物チキンレースの開幕だー!」
「不安しか感じねぇ……」
「僕もです」

情けないぞ若者達! 気合いがあればなんとかなるよ、そう! 信じることに意味があるのだ。少年よ大志を抱け! ……なんか違うか。

「おおう、えぐい……」
「ヤベェな」

一週間ぶりくらいにきたけどいつ来ても気が滅入るなぁ…。とりあえずキモい。どこ見ても黒いし暗いしぐちゃぐちゃだし、本当にここは異界って感じがバンバンする。

「んじゃ行くか!」
「おーう!!」


「ーーって黒子君!? すっごい後ろにいるんだけどそれ大丈夫!? 無理だよね! アウトだよね!」
「もう無理で…す……」
「あとちょっとで抜け……っ…黒子君! 後ろ!!」

ダメだ、間に合わない、もう無理

「じゃない!!間に合わせるんだよ私!」
「黒子! っておま、早岐!!」



あー眠い眠い眠い、目開けたくないなー瞼重すぎるって。このまま寝ときたいんだけどそれはダメ、下手したら死んじゃう。頑張れ〜起きて私〜。

「黒子っちいいいい!!!」
「うるさいです黄瀬君」
「え、誰」

起きたらイケメンが増えてた。

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