人形はお好きですか?


「うわ、イケメンだ…」

え、普通にすごいかっこいいよ、しかも背高いし。すごいかっこいいんだけども

「黒子っちいいい!!!」
「黄瀬君静かにしてください」

絶対ヘタレだよこの子。イケメンなんだけど私はもっとこう男前! みたいな人が好きだなあ。頼り甲斐がある人だと更に嬉しい。

「早岐さんしっかりしてください」
「えっなに!? 私は男前がいいよ!」
「な、なんなんスかこの人……」
「……」

イケメンと黒子君にすごい残念そうな顔された。ヤバいしくった、これはちょっとメンタルにきたよ。

「あ、早岐湊です。黒子君の先輩です。よろしくお願いします」
「こんな人誠凛にいたっスか……?」
「紛らわしい言い方はやめて下さい」
「ごめんなさい」

なんだろう、化け物から逃げてる時とかは文学少年って感じがするんだけど喋ったら黒子君割と冷たくない? そういうとこもかわいいよ!

「イケメン君は黒子君のお友達?」
「はい。黄瀬涼太君です」
「どーも……」

黒子君の交友関係謎すぎない? 不良の火神君にイケメンの黄瀬君だよ。ただの文学少年じゃないって絶対。
……こんなのんびりしてるけど大丈夫なのかな。今のところ何も起きてないし大丈夫なんだろうけど、本当に化け物に飲み込まれたんだよね? こんなこと今までなかったよ、最近運良すぎじゃない? それともなに私の運が底をついてるってことなの。うわあ、信じたくない。

「黒子君って運良いんだね」
「そうですか?」
「黒子っち〜ここどこなんスか……」
「まずは説明しましょうかーーー」



「なにそれ! ちょー怖いんスけど!? ちゃんとこっから出れるんスか!?」
「どうどう黄瀬君」
「なんでアンタはそんな落ち着いてんスか!?」

そんなハイテンションでツっこまれても……私がここにどれくらいいると思ってるんだよ。言ったらあれだよ、ここのガイドさんになれるからね。あ、「右手に見えますのは〜」みたいなのやってみたい。

「ここから出るためにはドアを見つけないといけないんですよね?」
「そだよ〜。でも、ここ見たところ普通の部屋だよね?」
「早岐さんが言っていたような化け物は見つかりませんね」
「なんで黒子っちまで落ち着いてんの!?」

簡単に見回してもだだっ広い部屋に机に椅子、時計と棚と大量の外国の陶器でできた人形。こういうのなんて言うんだっけ。ビ…ビス……思い出せない。とりあえず私的には趣味の悪い空間だ。居心地が悪過ぎる。

「大丈夫! 慣れたらここも楽しいよ!多分ね!」
「慣れるわけないじゃないっスか!? バカなんすか!?」
「ポジティブなんだよ!!」

せ、先輩だぞこっちは……。こう最近の男子高校生はなんでもハッキリ言うのが流行りなの。

「まずは周りを調べてみよう!」
「そうですね」
「えぇ…マジで言ってんスかぁ……?」
「お姉さんが着いていてあげようか?」
「黒子っちがいいっス」
「傷ついた」

ちょっとムカついたよ黄瀬君。イケメンなら何を言っても許されると思うなよ。その内火神君と一緒に喝を入れなければ。

「これは……ビスクドールでしょうか?」
「それだ!! ビスケドール!」
「ビスクドールっスよ」
「なんかこれあるとすごい不気味な部屋になるよね〜」

そうそう思い出したビスクドールだ、スッキリした。昔は怖いと思っていたけど大人になってみれば可愛いと思うもんだね。いや、こんなに大量にいると怖いんだけどさ。

「棚の中にはなんもないっスよ」
「机の下も怪しいとこなし!」

手分けしながら散策していると時計の下に1つ転がっているビスクドールを見つけた。黒子君みたいに感情が読めない目をしていて水色の服を着ている人形で、他のよりもずっと薄い肌の色がよく目立つ。

「これ黒子君にちょっと似てない?」
「ホントっスね。結構似てるかも」
「黒子君も見てみてよ」

黄瀬君が手元のビスクドールを覗き込んできたので視線をだけを黒子君の方に投げかけたーー

「うふふふ」
「…………………」

待って、待って、待って。今日は色々ありすぎて疲れてるのかな。落ち着いてー、はい一回深呼吸。行くよー、せーの

「まあ! 想像していたよりも随分と可愛らしい方なのね!」

目の疲労じゃなかったー! 簡単に私が今置かれている状況を説明すると黒子君の見た目でこのセリフを言われていますまる

「あははは〜ホントに? ありがとう!」
「笑ってる場合じゃないっスよ!?」

黄瀬君も気づいてしまった。あれだよね、乗り移られてるパターンなんだよね。複数人で来たらこんなことも起きるの? 今までぼっちだったから知らなかった……。

「ど、どうするんスか……!」
「か、可愛いしあのままでいいんじゃないかな?? 声さえ変えれば美少女でいけると思うんだ」
「ちょっ! アンタだけが頼りなんスよ!?」

お前は頭数に入らんのかーい。いや黄瀬君私のこと頼ってくれてるけどこっちも大分パニックだからね!? 心臓ドキドキだよ! 今なら吊り橋効果で君に恋をできるくらいにドキドキしてるよ!!

「私クロエと申します。綺麗な人、あなたのお名前をお伺いしてもよろしくて?」
「ほら黄瀬君、答えてあげなよ」
「綺麗なのは俺っスけどなんか嫌っスよ!」
「いいから答えなさい!」
「あいただだ!!! ……………………………黄瀬涼太デス」

女子として負けた気がするけどいいんだ。だって黄瀬君すごい顔整ってるんだもん! 張り合おうとも思わないよ。

「あら……」

何故か黒子君の顔が歪んだ。あ、違う黒子君じゃなくてクロエだ。

「どうかした?」
「申し上げにくいのだけれど……私、貴女のお名前を知りたかったの」
「え、私?」

黄瀬君じゃないってことは私の名前ってこと? え、綺麗な人って私のことなの? 初めて言われたんだけど。これは……なんか黄瀬君に悪いことをしてしまったかもしれない。

「ごめんね黄瀬君。綺麗なの私だった……ふっ…ふふ…」
「笑いながら言われてもムカつくだけっスよ!!」
「ごめん面白くて。……初めましてクロエ! 私の名前は早岐湊! 」
「素敵なお名前ね! 私とっても気に入ったわ!!」

こんなに褒められることなんてそうそうないし、忘れないようにしっかり覚えておこう。
ドレスを着てはしゃいでる女の子みたいにくるくる回るクロエを見つめながら黄瀬君に話しかける。

「いい? 絶対に黒子君を返してって言っちゃダメだよ」
「それ黒子っちに危険ないんスか!?」
「乗っ取られてる時点で大分危険だよ。とりあえず私のいうこと聞いておいてほしいな。 黒子君は絶対助けるから、約束する」
「……分かったっス」

しぶしぶながらも頷いてくれた黄瀬君にお礼を言った後クロエに話しかける。

「ねえクロエ、ここはあなたの部屋?」
「ええ! とっても素敵でしょう! 私の好きなものが詰まっているの!」
「アンティーク調でおしゃれだよね」
「貴方に気に入ってもらえるなんて今日はとっても素敵な日になりそうだわ!」
「さっき不気味とか言ってたのに」
「黄 瀬 君 ?」
「なんでもないっス……あはは〜…」

君の口はゆるっゆるだな。こういう時は慎重にいかないといけないんだよ。失敗したら死ぬかもしれないんだからね!?

「この人形もクロエのだよね? こんなにいっぱい初めて見たよ。どれも綺麗だね〜」
「いいえ、ちっとも綺麗じゃないわ。どれも汚くて早く捨ててしまいたいの」

無邪気にはしゃいでいた姿から養豚場の豚を見るような目で吐き捨てたクロエにサッと自分の血が引いていくのが分かった。これはやってしまったかもしれない。

「それに比べて湊、貴女って本当に綺麗だわ。無垢で純粋で清廉で……」

話しながらこちらへと近付いてくるクロエから離れなくてはいけないーー「早く逃げろ」そう頭で鳴り響いているのに縫い付けられたみたいに体が、指先が、足が、全く動かない。

「黄瀬君、私のこと掴んで全力で走ってくれないかな」
「え?」
「でも貴女ってとっても危なっかしいでしょう? だからどうしたら綺麗なままで守ってあげられるのか考えたの」
「早く、早く黄瀬君」
「走れって…ここドアもなにもないっスよ!」
「それで私思いついたの。貴女を監禁してしまえばいいって!」

何故そうなるのか理解できない。したくもないんだけどね!? これが人気のヤンデレってやつですか、ヤンデレちょーこええ!!

「でも安心して! 決して傷つけたりはしないわ。ただ……そうね、動けなくなるようにするだけよ」

問題しかないじゃん!!! そんな怖いのやだよ、私は動き回るのが好きなんだって。体は動かないのに、やけに冴えてる頭でツッコミを入れてる間にクロエがもう手を伸ばせば届きそうな距離にいる。

「お願い走って黄瀬君!!!」
「あーーもう!! ちょっと失礼するっスよ!!」
「うえええ!?!?」
「あらあらまあまあ!」

突然襲った浮遊感に思わず目の前にあった背中にしがみつく。これあれだお米様抱っこってやつだ、俵担ぎってやつだ! 欲を言ってもいいならお姫様抱っこが良かった! これ黄瀬君に言ったら殴られそうだけど。
お願い通り全速で走ってくれる黄瀬君には感謝しかないんだけど揺れる度に気が遠くなっていく気がする。

「気持ち悪い……」
「はあ!? ちょっ、吐かないでくださいっスよ!?」
「善処するよ…」
「冗談じゃないっスからね!?ていうか壁しかないんスけど!」
「なんで見つからないのー……ドアがないってどういうこと!」

どこかに、どこかにあるんだ。ドアがないってそんなこと絶対にあるはずないんだから。けどどこを見ても壁ばっかりでドアが壁に隠れてる様子も全くない。最後の希望の地面にさえないし、地面にも壁にもないならもうどこにもーーー

「ーーあ……上だ黄瀬君」
「は」

視線を上げた先に映ったのは片方だけが空いている所々錆びた重厚なドアだった。あれどうなってんの、浮いてんの。

「ドアは見つかったけど黒子っちどーするんスか!? これ以上ここにいるの嫌なんスけど!」
「落ち着いて黄瀬君!! 焦ったらダメだって!」
「分かってるっスよ! 分かってるけど……!!」

黄瀬君の焦りが声から伝わってくる。そりゃそうだよね。何もわからない空間に一人で投げ出されて、大事な友達が危険な目にあってて。それで落ち着いていられるなんて到底無理な話だ。
それにさっきは取り乱したけど、本当なら私がちゃんとしないといけないのに。

「……黄瀬君私もう大丈夫だから降ろしてくれる?」
「え…あ、はい」
「ごめんね迷惑かけて。黄瀬君がいてくれて良かったよ」
「別に大したことじゃないっスよ」
「そんなことないよ、ありがとう。……よし! ここで止まっててもクロエに見つかるし、とりあえず進みながら作戦でも考えよっか!」
「……そっスね」

今度は私が黄瀬君の手を引いて進み出す。しっかりしろ私、今までみたいに一人じゃないんだぞ。勝手してたら周りにまで迷惑がかかるんだ。

「んー、クロエにも本体があるとあると思うんだけどなあ」
「本体って言ってもここ人形しかなくないスか?」
「だよねえ……」
「人形が本体とかはないんスか? ……あーないっスよね」

人形が本体かあ、ありえるかもしれないけど今までのは全部人の形をしてたし……なんだか決め手に欠けるんだよね。

「うーーん……ありえる…ありえない……いや、でもーー」
「そんな真剣に考えてもらわなくてもいいんスけど」
「こう、こうなんか……」
「えーと…あ、ここってなんか物語の中みたいスよね」
「そだねー……」

あり得ないことはない可能性だし……それになーんか引っかかるんだよなあーーー

「黄瀬君!!!」
「うわ! なんスか!?」
「ありえるかもしれない!!」
「な、なにが……」
「だから! 本体が人形かもしれないんだよ!!」
「嘘でしょ……」

黄瀬君、ここに君がいてくれて本当に良かったよ!!

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