紅と青と赤


「テツくーーん!! 無事でよかった…!」
「俺は!?」

黒子君が胸のでかい美少女に抱きつかれてる! 黒子君彼女持ちかよ。負けた。
本屋にいたのは赤司君、桃色の髪の女の子、青色の髪の褐色の男の子、THE体育会系の人、ヘラヘラした子と意外と人が多くて驚いた。一週間の間にこれだけ増えるってそろそろここも限界ってこと?
皆、黒子君達の帰りを喜んでいるみたいで仲が良いらしい。本当、どういう繋がりか全然分からないけど。

「ねえ赤司くん。その人は?」

一段落したのかチラチラと感じていた視線がまじまじとしたものに変わった。相変わらず赤司くんは何もかもを見透かしていそうな目で全力で目をそらす。

「初めまして早岐湊です。黒子くんを助けてそれで成り行きでここにいます。君達よりは長くここにいるし何か役に立てるかもしれません……かも」

ここ数年人とろくに関わっていないせいで私が築き上げたコミュニーケーション能力がとてつもなく低下している。こんな調子だと誤魔化し続けるのも大変だぞ。

「私桃井さつきって言います。こっちの黒いのが青峰大輝です」
「黒いのってなんだよ!」
「……か」
「か?」
「かわいい!!!」

美少女! かわいい! 後輩! 最高! 私が求めていたものはこれだよ! むさ苦しい男どもじゃなくて可憐な美少女ですよ。これが癒しか。

「困ったことがあったらなんでも聞いてね!」
「は、はい……」
「俺と態度違うくないっスか!?」
「そんなことない」

黄瀬君は「イケメンすぎてちょっと……」ってなるイケメンだから塩対応です。中身はとても残念でしたが。

「はは! 俺高尾和成って言います!」
「…………笠松幸男だ」
「あ、ご丁寧にどうも」

ヘラヘラは高尾君。なぜか照れてる男前は笠松君。オッケー覚えた。
別に誰もよろしくしてくれないことにお姉さんショックとか受けてないよ。多分……多分。怪しさ満点なのは自覚していますから。

「黒子達が戻ったことだし今の状況をもう一度振り返ってみようか」
「あ、これ私聞かない方がいい? 外にでておこうか?」
「は? なんでだよ」

火神君は純粋ですから分からないかもしれないけど怪しいやつに色々事情聞かれるのって嫌なものなんだよ。まあ大体予想はつくけど。

「……そうしていただけるのでしたら」
「了解。そこら辺ぶらぶらしとくからゆっくり話して大丈夫だよ」

一人で調べ物したかったし丁度いいかな。黒子君達に協力するような姿勢とっちゃったわけだからそれなりに助けないといけないし。なんだか一気に大変になってしまった。

「早岐さん」
「どうしたの黒子君」
「大丈夫だとは思っていますが気をつけてくださいね」

いつも通り軽く答えればいいはずなのに、言葉なんていくらでも見つかるのにそれを声に出すことはできなかった。
多分、そう。黒子君があの子に似てるから。姿があの子に重なって、どうしようもなく泣きたくなった。

「早岐さん?」
「ーーあ、うん。気をつけるよ。ありがとう」


駄目だ駄目だ駄目だ。しっかりしろ私。目的を忘れるな。彼らをここから出してあげるのは確かに最優先事項だけど入れ込むのは絶対なし。今までだってそうしてきたし上手くいってきた。

「もう後がないんだからーー」

どこを見ても床には物が散乱していて濁った赤が飛び散っている。独特な鉄の匂いにも、もう慣れた。だから怖がる必要なんて何もない。ただ静かに終わりが来るのを待てばいいだけだ。

「ーーうだうだする前に行動! ……赤司君には早く出て行って欲しいしまずは赤司君でも探そうかな」

一階に着けばあいつらの目が一斉にこっちを向いた。あまりの不気味さに泣いていた昔が懐かしい。

「一時間くらいなら逃げながら探せるーはず」

ーーいや、まあ油断大敵とはよく言ったもので。なめてかかったら久しぶりに大怪我をしました。


「早岐さん!? どうしたんですかその怪我!」
「ヘマした」
「それヘマどころじゃないっスからね!?」

くそぉ……いてえ。すっっごい痛い。腕から血ボタボタです。走ったせいで頭がくらくらするし気持ち悪い。しかしここで倒れるわけにはいかん。神が許しても私が許さん。

「どうしたのテツく……きゃー!! どうしたんですか!!」

大きい声は頭に響いてガンガンするのでやめて頂けると嬉しいです。あんなか弱そうな子に血見せるとか罪悪感が半端ない。

「あー大丈夫大丈夫ー。止血して寝てたら治るはずだからー」

寝たら大体治るよ。ここでどれだけ酷い大怪我しても私なら死なないはずだし。けどこの子たちの前で寝るのも気がひけるなあーー

「そんなことで治るわけないじゃないですか! 余計に悪化します! とりあえず見せてください!」
「え!? いやいや悪いよ!」

あ、喋ったら気が遠くなってきた……。

「いいから早く見せてください!」
「はい!」

意外と度胸があるんですねさつきちゃん。お姉さんびっくりです。
さつきちゃんが傷口を見て怯んだのは一瞬で小さく息を吐いた後の行動は凄まじくて、私がぼーっとしているうちにテキパキと周りに指示を出して、あっというまに布で縛られた腕が出来上がった。

「本当に簡単な応急処置ですけど何もしないよりは全然いいですからね」

心配している声音だったけどちゃっかり咎めるようなモノも含まれていた。心配されるっていうのはむず痒いもので、心臓がふわふわするというかむずむずするというかーーとりあえず変な感じだ。

「ありがとう……」

なんでこんなにありがとうを言うのが恥ずかしいんだ。表情筋が上手く動いてくれなかったせいでボソボソとした呟きになったお礼はさつきちゃんの耳にはちゃんと届いたようで、可愛らしい笑顔で「はい」と返された。

「桃井。終わったか」
「うん! でも最低限のことしかできていないからまだ安心できないかな」

冷たい赤い瞳と目が合う。赤司君の瞳って赤いのに暖かい感じがしないよなあ…。

「あ、赤司君……。えーと…迷惑かけてすみません」
「それより休まれたらどうですか。僕には意識を保つのも限界なように思いますが」
「あーうん、そうだね。今すごい眠たい」

なにを考えている、赤司君の言葉を聞いてすぐにでてきた感想。自分でも呆れるほどに、赤司君に対してだけは裏があるのではと勘ぐってしまう。黒子君の友達なわけだしそこまで性格が腐ってるわけではないことは分かっているのだけども。それでもーー
でも眠たい。痛い。寝たい。痛い。休息を取りたい。しかし寝るってすごい無防備な状態になるわけだし今寝たらすぐに起きれる気もしないし。腕痛いし。

「……アンタも意地張ってないで寝るべきっスよ」

キラキラ系男子高校生。黄瀬君。

「そうです。寝てください」
「なにがそんなに嫌なんだよ」

私の癒し黒子君と火神君。
これは……寝るべきなのか私!? 確かに痛いし痛いし眠たいし痛いけど。私この子達にだいぶ絆されてる気がするのは気のせいじゃないよね。

「……寝たいです」

我慢できないくらい眠たいから寝るわけで。決して流されたものではないのでここは間違えないでください。

「奥に寝るスペースがあるので私のところ使ってください。大ちゃん案内してくれない?」
「あ? なんで俺なんだよ」
「大ちゃんが一番何もしてないでしょ」
「俺だって色々してるだろ!」

寝るって決めたらさっきの倍くらいの眠気が襲って来たから早く連れて行って欲しい。

「大ちゃん私すごい眠たい…から。早くお願い…します……」
「大ちゃんじゃねぇよ! ……ったく行くぞ」

あれ意外と素直。ていうかすげえ黒い。日本人ってここまで焼けれるのか。運動部ぽいしサッカーとか野球してるのかな。
奥に進むと棚が周りに押し寄せられてできたスペースにタオルが一面中に敷かれていた。思ってた以上に簡易的。寝れるだけで幸せなんだけどね。

「あーここで適当に寝たらいいんじゃね」
「ありがとう大ちゃん」
「だから大ちゃんじゃねえ!」

律儀にツッこんでくれるからついつい構いたくなるんだよ。それに呼びやすいし。腕を刺激しないよう腰を下ろしてから寝転べば、意識が落ちるのはすぐだった。



ーー誰かの寝息で目を覚ました。痛む腕を気遣いながら体を起こす。途端肩から足の上に何かが重力に従って落ちた。

「……ジャージ?」

黒い生地に赤のラインが入っていて桐皇と刺繍されている。あれ……これ青峰君が着てたやつじゃなかったっけ。
寝息が聞こえる方に目線をやれば爆睡している青峰君。よくこんな身元不明の怪しいやつの横で寝れるものだ。肝が座っているのか、それとも鈍感なだけか。

「あ、目覚ましたんだ」

棚からひょっこりと顔を出したのは黄瀬君だった。いつみてもイケメン。

「私どのくらい寝てた?」
「半日くらいじゃないっスか」

床に散らばった本を器用に避けながら答えた。私の目の前に立ったかと思うと横で寝ている青峰君を見てうへぇと声を漏らした。

「青峰っち戻ってこないと思ったら爆睡してるし」
「よく寝れるよね」

私なら絶対無理。というかジャージかけてくれたり案内してくれたり青峰君ってぶっきらぼうに見えて結構親切だよね。

「……別に俺だって寝れるスけど」
「え、あ、うん。そうなんだ」

どこにっていうか何に対抗心燃やしてるんだ黄瀬君。全然分からない。とにかく負けず嫌いってことか。そういうことでいいか。

「そういや黄瀬君は何しにきたの?」

そう聞けば黄瀬君はあからさまに嫌そうな顔をした。

「きたら悪いんスか」
「へ!? あ、いや全然。寧ろ嬉しいです。はい」

黄瀬君の沸点全然分からねえ〜! あれか青峰君が私の横で寝てるのが嫌なのか。青峰君大好きかよ。青峰君のギャップにやられてるのか黄瀬君。

「アンタの包帯変えにきただけ」
「さつきちゃんじゃなくて?」
「桃っちじゃなくて悪かったスね!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!! もっと! 丁寧に! 労って!!」

引くほど雑じゃん! こっち大怪我人なんですけど。黄瀬君そこんとこ分かってる!?

「ーーはい。終わり」
「ありがとうございました……」

せっかく寝て疲れが取れたのにこの数分で疲労感が半端ない。黄瀬君が帰ったらもう一回寝よう。

「くれぐれも動いたりせず安静にしてるように」
「え?」
「桃っちからの伝言」
「……覚えておきまーす」

覚えておくだけだよ。承諾はしませんよ。ごめんねさつきちゃん。努力はします。黄瀬君にすごい怪しんだ目で見られたけどまあ気にしないでおこう。

「なんかあったら呼んでって黒子っちが言ってたスよ」

包帯を片付けながらそう言うと黄瀬君はさっさと戻っていった。

「ふーーーーん」
「うわあ!!」

突如聞こえた低音に悲鳴をあげた。

「な、んだ青峰君か。起きてたんだ」
「あんだけうるさかったらな」
「いやあ申し訳ない」

寝てるところを起こされるなんていい気がしないだろうに。にしても黒い。何故ここまで焼ける。

「青峰君って虫取り好きなの?」
「あ? なんでだよ」
「私はザリガニを取るのが好きだったよ」
「マジか!?」

ザリガニと言った途端に死んだ目から一転して青峰君の目が輝き出した。
あ、これ気があうかもしれないぞ。

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