マフィア寡黙組


控えめなノックのあと、極力足音を立てぬように部屋へ入ってきたシュウを、レイジはベッドサイドにかけたまま振り返った。
「……どうだ」
「ようやく今眠りました。やはり神経に負担がかかったのでしょう、予告もなしに会ってしまいましたからね」
連絡もなく突然姿を見せた先代に対するスバルの怯え方は、シュウやレイジが抱く畏怖とは全く種類の異なる根深いもので、シュウがすかさず間に入り、レイジがスバルに寄り添っても落ち着くことはない。先代であるカールハインツの前で倒れこまないよう立っているだけで根こそぎ精神力を奪われたのだろう、姿が見えなくなったとたんにレイジの肩を強く掴んで膝を折った。
レイジがベッドへと運び、スバルの手を握って落ち着かせ今に至る。
「シュウ、何か淹れますか。温かいものでも…?すっかり心が冷えたでしょう、いつものこととはいえ」
「は、全く…極寒の地に裸で放り出されて全身にブリザードでも浴びた気分だな
何か…いや、酔いたい。酒がいい」
握っていたスバルの手をゆっくりと外して布団の中へ直すと、レイジは頷いた。
「では、フォアロゼでも開けましょうか。私も頂くことにします」
「へえ、珍しいな。お前が飲むなんて」
軽い驚きに表情を緩めて、シュウはレイジに近づいた。スバルがおちついた今、もう一人の弟のケアが残っている。
無言で側へきたシュウと目を合わせずに、レイジは立ち上がり
「リビングで準備を」
と言ってシュウの脇を抜けようとしたが
シュウは押し留めた。
レイジが口を開く前に素早く眼鏡を奪う。
「レイジ、俺をちゃんと見ろ」
アイスブルーの瞳をまっすぐにレイジへ向ける。レイジはうつむき、片手で目を覆った。
「嫌、です。離しなさい…そして、眼鏡を返してください、それが無ければ私は…」
「見えてるクセに。お前の視力は俺とかわらない、そうだろ」
悪くもないのに眼鏡を常にかけているわけは。シュウが部屋へ入ってから一度も目を合わさないわけは。
「考えすぎるな…お前は、あいつとは違う」
レイジの手を外して、赤く揺らめく瞳を覗きこんだ。レイジが残酷な策を練って組織を大きくしていく様を、先代に勝るとも劣らぬとする者も多い。人を見下すその赤い瞳が瓜二つだと。それが、スバルに影響を及ぼすのではとレイジは強すぎる瞳を眼鏡で隠す。それでも元凶と向き合えば、その男の冷たく光る瞳が、毎日鏡で見るそれと酷似している事実を突きつけられて静かに傷ついてしまうのだ。そんなレイジをシュウは見ていられない。
「スバルだって判ってる。温度が違う
、輝きが違う、どんなに似てたってお前の瞳はスバルを怯えさせたりしない」
「ほんの一瞬でも…この目がスバルに先代をちらつかせる原因になったら。そんなことは耐えられません」
「そのときは、抉ってやるさ」
「…ええ。頼みましたよ」
シュウの言葉に安堵したレイジは漸く笑みを見せた。

物騒な血の誓いに、かちりとグラスの合わせる音が重なって夜は更けていく。




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