小中学の同窓会だなんて乗り気では無かったし、そこそこ高いホテルでそこそこの参加費を取られるのが気にくわない。
かと言って参加しなければ周りの話題について行けないのが現代の若者というものである。

そこそこ見栄張りの私はこんな場所でも恥ずかしく無いようなブランドのバッグと上品なワンピース、そしてエナメル質のパンプスでホテルの沈む絨毯を踏みしめた。

「隅田さん、久し振り。」

「ミホちゃん、久し振り。結婚したんだって?」

ああ、そうだ。同級生達の結婚ラッシュはまるで狙ったかのように続いて今年の年賀状は"同居人"宛で届いた枚数よりも遥かに上だった。競う訳ではないが。

「ありがとう〜、隅田さんは彼氏と同棲してるんだって?」

ああ、どこから仕入れるんだ、本当に。
私はゴクリと一瞬生唾を飲み込んだ。
別に隠している訳じゃない。同居人、基…彼とは此処、茨城を離れて北海道の田舎でスローライフを楽しんでいる。

「高校と大学の同級生だったんだ。ミホちゃんとは違ってうちは結婚のケの字も出てないよ。」

あはははは、と笑って誤魔化せば何だかとっても惨めな気分になる。

遥か500km先のヤツは今頃は愛猫の写真でも撮ってブログ更新しているだろうか。
くそう、中々閲覧数も良い上に週間ランクじゃ割と良いとこまでいった話だ。
確か「にゃんのすけ日記」だったか。こっそりと私もブクマを付けているのは内緒であるが、偶に私の事が書かれていて気分が良い。(皮肉ったらしい文面で気分が悪い時もある。)

「早く切り出した方いいって! 私達、もう恋愛に心ときめかせて理想探してる程若くないんだよ?妥協もまた大事だって!」

「妥協っていうか、アイツ以外で親しい男と言えばスーパーニートのギャンブラーと歳下の現代版子守狼とプロレスラーみたいな体格のマタギしかいない気がする…」

ああ、我ながらクソみたいな交友関係だ。もっと合コンとか参加していればなぁ…。あ、ヤツがいる限りそれは無理か。

浮気するほど器用じゃなければ新しい男を見定める程の余裕もない。毎日が必死なのだ。

「え、隅田さんそれヤバくない?どんな摩訶不思議な環境に置かれてるの? ほんと、大丈夫? 旦那の友達紹介しようか?」

流石にアドベンチャーまではいかないが、摩訶不思議…ううむ、確かにそうかもしれない。
スーパーニートには幾ら金を貸したか分からないぞ。

「今は彼氏、幾分かまともだから…」

そう、今は。今は普通なのだ。
誰も信じられないかもしれないし、下手したら…いや、しなくても精神科送りになるような事を言おう。
そもそもこんな事を言えば私が乙女脳だと勘違いされる事間違いなしなのだが。

先程述べた、私を含めて同居人、スーパーニート、おしどり夫婦、マタギ、…それどころか私達の周りの環境において殆どの人間が《前世の記憶》を持っている。

ああ、忘れやしない明治時代の記憶が手に取るようにある。

つまり、この身内だと「気があうね、前世できっと恋人だったんだよ」というあのナンパ定型文がそのまんま使えるのである。

「今はって、昔はヤンチャしてたわけ?」

ヤンチャどころじゃない。今は田舎で自家栽培と猫に明け暮れつつ村役場で毎日毎日定時退社しているが、ほんの200年前は狙撃の達人だぞ。そりゃ私は当時は今で言う購買の店員だった訳で今と特に変わりはないのだけれど。(今は近所に唯一ある小さなスーパーの店員である)

「まぁ、そこそこ? ほら、茨城ってヤンキー多いじゃん?」

本当かどうか分からないけれど。ヤツを取り巻く環境は今も昔もヤンキーよりタチの悪い変態ばかりな気もする。(断じて私は違う)

「あ、そうだ。写メ見せてよ!ついでにLINE交換しよ!首都圏に来た時は遊びたいし。」

「特別イケメンって訳じゃないし目が死んでるし皮肉しか喋れないしすぐドヤるんだよね。 あ、オッケー。北海道だと中々交通の便が悪くて来る機会ないけど帰省した時とか遊ぼうよ。」

私はヤツのドヤ顔(カメラを向けたら大体避けるか渾身のドヤ顔なのである)をミホちゃんに見せる。
失敗したかな、ミホちゃんもコメントに困るだろう。

「ふぅん、私は顎髭ある人は苦手かな〜。でもいいじゃないの?優しそうだしユーモアありそう、お似合いって感じ! 結婚するなら呼んでよね、北海道まで飛んで行くよ。」

じゃあね、と手を振りミホちゃんは人混みへ消えていった。
スマホのガラス越しにヤツの無機質な瞳が私を捉えては小馬鹿にしたようなその顔で「早く帰ってこい」と言わんばかりだったので、何だか愛おしくなった。

私もまだまだ乙女脳なのだと実感させられる。 昔はこんな恋愛なんて夢にも思えなかった。いつ死ぬか分からない上に男尊女卑が当たり前の時代な訳で、女が男に「逢いたい」だの「恋しい」だの言うとすぐに「はしたない」「卑しい」と誰かに後ろ指を指されたものだ。

さて、同窓会も終盤だろう。
茨城のお土産と言えばなんだ、干し芋か。
干し芋を買って明日の朝一の便でヤツの所は帰ってやろう。