日本家屋特有のなんとも言えない懐かしい香りが鼻腔を掠めた。

「早いんじゃねーの?」

なんてニマニマとした笑みを浮かべて私の背後から顔を出した髭と両頬にある傷がチャームポイント(?)のこの男こと百之助がさりげなくレジ袋とカバンを持ってくれるものだから何百年目の付き合いになろうともドギマギしてしまうものだ。

「誰のためだと思ってんのさ。」

「そりゃ勿論、俺の為だろ?幸子。」

ああ、私は専らこの男に弱い。

「明日仕事?」

「定時で上がってくる。」

さぞ当たり前のようにそう言い、ガサゴソとレジ袋をあさり始める百之助はお気楽なものだ。
昔のイザコザの分、幸せで自由な暮らしをさせたいというのが本音だが自由すぎではないかと最近思う。
きっとそこらの野良猫もここまでお気楽じゃない。

「公務員だとしても他の人が残ってるのにそれは良いの?あんたの職場、毎晩遅くまで電気付いてるの知ってるんだからね。」

無言のまま焼きプリンをムチャムチャと頬張るものだから段々どうでもよくなって許してしまう。

「うまいよ。」

とこいつが一口差し出してくるのは機嫌が良い時だけなのだ。

恋人みたいだな、なんてしみじみと感じてしまう辺り私も随分と酷い人生を前世で送ったようだ。

餌付けされるがままスプーンを口に含めば、「間接キス」と笑い合う。

「昔はこんな事、できなかったからな」

感慨深そうにオールバックに流した髪を整えながら呟くのも懐かしいようで暖かいものだ。

「今、すっごく幸せな気分。私、幸せすぎて死んじゃいそう。」

思わず口から出てしまった私の素直な言葉は百之助の無機質な瞳孔を微かに揺らした。
百之助は真顔のまま無言で立ち上がったと思えば、ズカズカと私の背後に周り背後からニマニマと悪戯っ子のような笑みを浮かべて抱き締める。

「死なせるかよ。2度目の人生でやっと2人で掴んだ幸せだろ。」

顎髭が首に当たるのがくすぐったい。
お腹に置かれた大きくて角ばった手に自分の手を添えて握ってやる。

「にゃあ。」

私の股座に飼い猫のオガタが甘えるようにすっぽりと入る。
後ろに百之助、前にオガタの尾形百之助サンドである。

「これからもよろしくお願いします。」

オガタの喉をコロコロと撫でながら後ろに目をやる。

相変わらず憎たらしく「当然だろ」とでも言いたげな自信有り気な顔をして私の首に鼻を埋めてくる。

握っていた2人の手は固く、汗ばんできた。
いつだって、どれ程の月日年月が経とうとも、私は彼の前では唯の恋する女の子なのである。