私はそんなに強くないけど




※麗日視点


「電気は、どこ?」

 普段は優しげな、大きくて真ん丸ななまえちゃんの瞳が、今ばかりは不安いっぱいに揺れていた。震えるか細い声で上鳴くんの名前を何度も何度も呼ぶなまえちゃんが見ていられなくて、思わず抱きつく。震えているのは声だけではなくて、ヒーロー科の生徒とは思えないくらい私より小さな身体も、ふるふると落ち着きがない。大丈夫。大丈夫だよ。落ち着いて、なまえちゃん。
 多分あの敵はワープの個性を持っているんだ。と誰かが言った。最初、あの黒いモヤからたくさんの敵が出てきた。広間から一瞬で私たちの前に来た。そして、ここにいたクラスメイトはその半数以上がモヤの中に消えた。思わず目をつぶってしまってよくわからなかったけど、多分、私たちが巻き込まれずにすんだのは飯田くんとなまえちゃんの個性のおかげだ。
 私の身体に顔を埋め、しがみついているなまえちゃんの個性は、この敵に通用した。でも、大事な大事な幼なじみが目の前から突然いなくなってしまったことで、なまえちゃんは戦えるような状態でなくなってしまった。上鳴くん達は、どこ行ってしまったんやろ。無事でいて、と心の中で神様に願う。こんな辛そうななまえちゃん、見たくないよ。

 13号先生が、私たちを守るように前線に立つ。その姿は、私たちに安心を与えようとしているみたいだった。
 けれど、13号先生はあくまでも災害救助で活躍するヒーローだ。私は、もちろん敵と一体一で戦ったことなんてない。ないけれど、敵と相対した時の経験の差というか、そういうのはやっぱり大きかったらしい。あっという間に戦闘不能に追い込まれてしまった13号先生は、自力で動くこともままならない状態になってしまった。今までおとなしく先生の指示に従っていたみんなも、流石にこれには悲鳴を上げる。

「先生ぇっ!」

 芦戸さんの悲痛な叫びに、私も心臓を鷲掴みにされたような恐怖、ううん、絶望、というのだろうか。とにかく、ああもうダメだ、と思った。殺されるかも知れない、と、涙が出てきた。いやだ、こわい。死にたく、ない。どうしよう、お父ちゃん、お母ちゃん。私、どうしたら。
 ずっと私の肩に頭を預けていたなまえちゃんも13号先生の変わり果てた姿を視界に入れたらしく、ぐすぐすと嗚咽を漏らし始めた。お茶子ちゃん、と名前を呼ばれて、真下にあるなまえちゃんを見る。そろりと顔を上げたなまえちゃんの、涙の膜に波打つ綺麗な瞳と目が合った。

「死にたく、ない」
「なまえちゃん、」
「みんなも、死なせたくないよう」
「……う、」

 そんなこと、言わないでよ。大丈夫だよ。
 これ以上顔を見ていると本格的に泣き出してしまいそうで、キッと睨むような視線を敵に向けた。「私、死なないよ」なんて強がりを、いっぱいの涙を浮かべながら説得力なく述べる。「みんなも、死なない。なまえちゃんも。上鳴くんだって、USJ内のどこかにいるよ」私のそんな何の根拠もない言葉を、なまえちゃんはどういう気持ちで聞いたのだろう。お茶子ちゃん、と一度私の名前を呼び、背中に手を回してきたなまえちゃんは、そのまま力いっぱい私の身体を抱きしめた。私も、今込められる精一杯の力でなまえちゃんを抱きしめ返す。

 この状況を打開するには、先ほどから13号先生が言っているように助けを、プロヒーローを呼んで来るしかない。白羽の矢が立った、エンジンの個性を持つ飯田くんを、みんなでサポートしてここから逃がす。必然的にそういう作戦になったことで、瀬呂くんと砂藤くんが敵に果敢に立ち向かっている。けれどやっぱり相手の個性は厄介で、モヤに呑まれないようにするのが精一杯。飯田くんも無闇に突っ込めず、このままではジリ貧だ。

「なまえちゃんは、ここにいて」
「お、お茶子ちゃん…」
「私の個性、もしかしたら通用するかもしらん!」

 なまえちゃんが、小さく息を呑む音が聞こえた。私の考えてること、当たってるかわからん。外れてたら、私もどっかに飛ばされてしまうかも。でも。

「私も飯田くん逃がす!早くプロヒーローに来てもらわな、相澤先生やみんなが持たんかもやし」
「……わ、」
「なまえちゃんは、芦戸さんと一緒に13号先生のこと見てて!」

 大丈夫やから、安心して。
 今出来る最高の笑顔をなまえちゃんに向けると、なまえちゃんはぼろっと大きな雫を零して、微かに口を開く。何かを言おうとして止めたように、はく、と一度空気を呑んだ。そして、少しだけ視線をさ迷わせたあと、ごくりと喉を鳴らし、袖で乱暴に涙を拭い、意を決したようにこわばった顔でこう言うのだ。

「私も、戦う」

 何をしたらいい?となまえちゃんは言う。作戦にさえ昇華できない、無謀な策を教えて欲しいと真剣な表情で乞われ、思わず私はたじろぐ。こんな危ないことに、なまえちゃんを巻き込んでいいんやろか。手のひらは汗でベトベトだし、眉間に深く皺が寄るのがわかる。
 今度は私が、決意する番だった。

「……わかった。なまえちゃん。私のサポート、お願い」
「うん!私の個性、めいっぱい使って!」

 大きく頷き、なまえちゃんが敵を見据えた。強い意志が光る目は、もう泣いてなんかなかった。

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