孤独が私をさらっていった




「すげぇ!なんかUSJみたい!」
「ほんと!超広い!」

「なまえちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」

 今日のヒーロー基礎学は災害救助訓練とのこと。広い敷地内をバス移動し、訓練施設、もといUSJに連れてこられた私たち。乗り物が苦手で若干酔ってしまった私は、道中、ほぼ言葉を発することなく前の方の席で項垂れてしまっていた。近くにいた相澤先生に、情けないと言わんばかりにため息を吐かれたけど、致し方ないじゃないか。見た目同様、三半器官もか弱いんだよ。
 最近梅雨ちゃんとの縁から仲良くなったお茶子ちゃんが付き添ってくれて、訓練開始前からグダグダの私を介抱してくれる。麗らかな微笑みで「一緒に三半器官鍛えようね!」なんて言われてしまったけど、具体的にどうすれば鍛えられるのでしょうか。ほんとこれしんどい治したい。

 初めましての13号先生がみんなの前に立ち、USJの施設について簡単に説明をしてくれた。えーと、火災エリアとか水難エリアとかなんとかかんとか。確かにテンション上がる施設だけど今ちょっとそれどころじゃない。電気や切島くんや芦戸さんの声が脳みそにぐわんぐわんと揺さぶってくる。うう、きもちわるい。
 それでも13号先生の素敵なお小言を聞いていると、その優しげな声色と心に響く内容になんとなく気分は良くなってきた。人命を守るために個性を使う、か。ヒーローになることを前提とすれば当たり前の事なんだけど、すごく重い言葉だなと思う。私の個性は文字通り、人を守るためにある。親から譲り受けたこの優しい力を使って、人の命を救うんだ。人の命を、だ。
 ヒーローになる、という自身の目標を抜きにしても、人として大切なことを再確認した気がする。13号先生、すごくかっこいい!

「電気」
「ん?」
「私さ、この個性でたくさんの人を守りたいなって思うんだ。いや、守るまでもない優秀な人もいるけどさ。私は、せめて私の手が届く範囲の人は、みんなみんな守りたい。もちろん、電気のことも」
「……お、おう?どした?急に」
「決意表明っていうか。口に出して言っておきたかった」

 急にごめんね、と笑って見せた直後、うぷ、と再び吐き気を催す。電気がびくりと肩を揺らして、「まって俺に向けて吐かないで」と速やかに私から離れようとしていた。こらこら電気、さっきの私の話を聞いてたでしょ。私が電気を助けるんだから電気も私を助けてよ。
 静かに攻防戦を繰り広げていると、梅雨ちゃんとお茶子ちゃんが「大丈夫?」と背中をそろりそろりとさすってくれた。持つべきものは幼なじみより女の子のお友達だなぁなんてしみじみ思っていると、相澤先生に「みょうじ、遊ぶな」と叱られてしまった。先生誤解です。別に遊んでいるつもりはないんです。決して違う。断じて違う。私は至って真面目に吐きそうなだけで。うえぇ、きもちわるいよぉ。

 涙目の私がふと、中央広場へ目を向けた時、小さな小さな黒い何かが渦巻いた。

 なんだろう、と声に出さずにただ思う。なんだかよくわからないけど、酷く恐ろしいもののように感じた。モヤはまるで虫でも蠢いているみたいにゾゾ、と広がっていく。体調不良で目が霞んでいるんだろうかと思いつつ、相澤先生、と声を掛けようとした時、先生は不穏な気配を感じたらしい。珍しく大きな声で「動くな」と指示をした。

 きもちわるいのは、一瞬でどこかへ行ってしまった。モヤからわらわらと出てくる人、人。お世辞にも良い人そうには見えない彼らは、相澤先生曰く敵とのこと。
 敵。あまり遭遇したことはないけれど、あれがヒーローの、私たちの敵なんだ。平和を脅かす、悪い人たち。
 なんだか急に膝が笑い出した。かくかくと震えて、私たちは将来、あんな怖い人たちと戦わなくてはならないのか、と今更ながら恐ろしくなった。
 隣にいる電気を見ると、不安げに顔を強ばらせていた。やっぱり、電気も怖いんだ。梅雨ちゃんも、響香ちゃんも、お茶子ちゃんも、緑谷くんも、切島くんも、みんなみんな緊張状態で敵から目を離せないでいる。きゅ、と唇を噛んだ。私の個性は、みんなを守るためにある。守らないといけない。防御特化のこの個性、こういう時に役立てないとどうすんだ。ちゃんと立て。手の力を抜いて、いつでも個性を使えるように頭を働かせろ。もし。もし何かあっても、私の個性でしっかりみんなを守るんだ。

 オールマイト先生を探して雄英に乗り込んで来たらしい敵は、単身飛び出していった相澤先生が抑えに行った。だけど私は不安を感じざるを得ない。いくらなんでも敵の数が多すぎる。あんな大勢を、先生一人でやっつけられるのだろうか。

「なまえ、早く!避難しないと!」
「う、うん!」

 響香ちゃんが私の手を掴んで、引っ張ってくれる。相変わらず膝は震えていて、足がもつれる。うまく走れない。相澤先生の事が気掛かりなのと、もしかしたら自分はここで死ぬんじゃないだろうかという恐怖と、みんなを守らないとという拙い使命感で心の中はぐちゃぐちゃだった。情けない、情けない。13号先生がみんなを牽引して、USJから脱出を図る。
 あ、まただ。
 また、目の前にモヤが。
 思ったのと同時に、聞いたことのない声がした。

「逃がしませんよ」

 それは黒い霧状の敵の声だった。
 初めまして、とこの場にそぐわないくらい紳士的に、丁寧に挨拶をした霧の敵は、しかししゃあしゃあと自分たちが敵連合という組織の人間であり、オールマイト先生を殺そうとしているのだとのたまう。それを聞いて、私は空いた口が塞がらなかった。この人は、一体何を言っているんだろう、と眉間に皺が寄った。殺す。平和の象徴である、オールマイト先生を。現実味を帯びない言葉が咀嚼できない。理解できない。そんなこと、できるわけない。
 それは現実逃避だったのかもしれない。だって、あの「オールマイト」だよ?みんなの憧れる、頼りにしている最高のヒーロー。それが、こんなわけのわからない敵なんかにやられるわけがない。言い知れぬ不安に負けないように、必死に必死に否定する。大丈夫。オールマイトは負けない。世界で一番強いヒーローなんだから。
 そんなことをぐるぐると考えていたからだろうか。爆豪くんと切島くんが、平和の象徴に仇なす敵に勇敢にも立ち向かっていくのを、視認するのが遅れてしまった。

「え!ま、まって!」

 情けない声を出して、それでも私は両手を突き出した。守らないと、守らないと!そう思って個性を発動させた。だけど、相当テンパっていた私の行動は、やはりあと一歩遅かったらしい。

 気が付くと、私の周りにはお茶子ちゃん、飯田くんを含む何人かの生徒しかいなかった。え、なんで。左右をあちこち探して、後ろを振り返って、何度も何度も確認した。そして、その人数に絶望する。なんで、これだけ なの?
 心臓がザワっと鳥肌を立てた気がした。吐き気が蒸し返して来たような気がして、ばっと両手で口を塞ぐ。他のみんなは、どこ?響香ちゃんは?梅雨ちゃん、緑谷くんも、切島くんもいない。どこなの?

「……電気?」

 そんな小さな呼び掛けに、反応してくれる人はどこにもいなかった。

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