ただ、君に会いたかった




 雄英高校USJ施設襲撃事件は、オールマイト率いるプロヒーローの先生達が駆け付けてくれたことにより、解決した。

 終盤は安全な場所から広場を眺めているだけだったけど、その戦いが凄まじいものだったことはなんとなくわかる。冷静に、オールマイトを助ける時は助け、手出しできないと判断したら退却していた切島くんや爆豪くん、轟くんはすごい。あんな危ない場所にいて、よくもあんな風に状況把握や迅速な行動ができるもんだな、なんて感心してしまうくらい。
 でも何よりすごいのは、緑谷くんだと思った。使用する度に重傷を負う、まさに諸刃の剣のような個性で、何度も敵に立ち向かっていたから。自分が同じ立場でも、きっと真似できない。怖いくらいの気迫は、普段の彼からも想像できなくて、思わず身体が震えてしまった。

 そして。

「うェーい……」
「うわぁ電気!?」

 お茶子ちゃんたちと一緒に出入口のあたりでプロヒーローの先生たちと話をしていると、アホみたいな顔を引っさげ、親指を立てた手を忙しなく行き来させる幼なじみが突然視界に入ってきた。焦がれていた瞬間。だけど唐突すぎる再会に、思わず間抜けた叫び声をあげてしまう。
 なんで、どうしてアホ状態に……!

「しかも鼻血!ちょ、電気鼻血出てる!大丈夫!?」
「うェ……うェーい」
「うぇーいじゃなくて!」

「ごめん、ちょっと無茶させすぎたかも。こんなになるとは思わなくて……」

 響香ちゃんと八百万さんがなにやら申し訳なさそうにこちらへやってきて、初めて電気が彼女達と一緒に行動していたことを知った。電気の個性は強力だけど、使い過ぎるとこうなってしまう。優秀なクラスメイトと一緒でもなければ、どうなっていたことか。
 こんな状態で足でまといになってなかったかと尋ねると、案の定人質に取られてちょっと大変だったとのこと。うわあ、なんでよりにもよって唯一の男がこんなアホ状態で盾に取られてんだおバカ!本当は男の電気がかっこよく女の子を守らないといけない場面のはず。それなのになんでこんな醜態を晒してしまったんだ。やっぱワット数の調節できるようにしとくべきだって、絶対。今回は響香ちゃんや八百万さんが無事でよかったけどさぁ……。もう、ほんとしっかりしてほしい。

「その状態じゃ無理だと思うけど……あとでちゃんとお礼いいなよ……」
「うェーい」

 とりあえず。大したことはないと思うけど、電気の怪我の手当てをしないと。重傷者の看病で忙しいリカバリーガールに治癒してもらうまでもなさそうだし、保健室に行って消毒液とか借りるだけにしよう。
 警察も入っているし、今日はもう家に返されるみたい。でも教室に置きっぱなしの荷物は取りに行かないといけないから、皆それぞれ教室へ戻るような動きを見せていた。響香ちゃんと八百万さんに手当ての旨を伝えて、行くよ、と電気のジャケットの袖を引っ張る。アホっぽい、情けない返事が返ってきて、思わずため息が零れた。ほんと、離れ離れになった時はむちゃくちゃ心配したけど、なんか、いや、元気そうでよかったよ。アホにはなってたけど。

 保健室がある本校の廊下を二人きりで進む。
 一度後ろを振り返り、その顔を見てみた。アホ化してから結構時間が立っているのか、徐々にうぇーい以外の言葉も発せるようになってきた電気は、なんとなく元の男前の顔に戻っているよう。いや、中途半端過ぎてむしろ情けないか。
 ほんと、これが無かったら強くてかっこいいんだけどなぁ。個性的にはこのデメリット、相当な死活問題じゃない?よく無事でいられたよ。一緒にいてくれたのが響香ちゃんと八百万さんで良かった。本当に、良かったよ。

「……心配したんだよ。すっごく」

 堪えていたものが溢れかけて、やばい、と思った。だからなのかなんとなく気恥ずかしくなってしまって、その言葉を言う時、顔は見れなかった。

 電気といると心地いい。絶えない会話。絶えたとしても、お互いどういうことを思っているのかなんとなく伝わる空気感。そういうのが、ただただ、好きだった。
 だからこういう気まずい雰囲気というのは、二人の間ではとても珍しい。最後にこんな空気になったのはいつだろう。電気に対してなんと口にすればいいのかわからないって、相当だな。
 電気も私に釣られたのか、口篭る。お互いが変な空気を察して黙り込んでしまうものだから、今言うべきじゃなかったかな、と心の中で反省する。だけど後悔しているわけじゃない。心配は心配だった。電気がいなくなってしまったらどうしよう。そうなったら生きていけない。不安のあまり、そんなことばかり考えていた。
 言わなきゃ伝わらないこともある。と、私は思う。長い付き合いがあろうがなかろうが、関係ない。言わないでもお互いの気持ちが分かれば最高なのだろうけど、相手の心が読める個性でも持っていない限り、口にしないことを他人が理解する事はできない。親だろうが子供だろうが親友だろうが幼なじみだろうが、口に出して言わないとわかってもらえるわけがない。特に相手に好意的な感情は、どんどん口に出して言っていくべきだと普段から思っているから、弱々しくも言葉を続ける。「電気が死んじゃったらどうしようって、すごくね、不安だったの」やっぱり顔は見れなかった。酷く声は震えていて、涙腺は決壊寸前だ。握りしめているのは電気の手ではなく、ジャケットの袖なのだけど、そんなものでも愛おしい。電気はここにいる。いなくなられたら困る。だって私、電気のこと好きだもん。そうやって思い詰めた結果、お茶子ちゃんにとんでもない心配を掛けてしまったわけだけど。

「守れなくて、ごめん」

 そう伝えると同時に、ボロっと涙が溢れ出た。ああ、情けない。泣くつもりじゃなかった、といえば嘘になる。きっと電気の顔を見たら安心して泣いちゃうんだろうなとは思って、覚悟はしてた。それが、アホ化でうやむやになって、和んで、今になって急に来たんだ。響香ちゃんたちがここにいなくてよかった、と少しだけ安堵した。こんなことで泣くなんて、恥ずかしい。
 しばらく経って、急に手首を掴まれた。ぎょっとして泣き顔のまま振り返ると、電気はいつもの顔に戻っていた。ああ、やっぱり顔、かっこいいんだよなぁ。なんて思っていると「俺も」と声が返ってきた。

「……心配してた。不安にさせて、ごめんな」

 掴まれた手首は、こころなしか熱い。
 いつも通り笑って言えばいいものを、妙に神妙な顔をして言うものだから、なんて言っていいのかわからなくなってしまった。まともな受け答えができない。さっきの電気もこんな気持ちだったのだろうか。今、何を考えているんだろう。

「    」

 小さく、何かを言われた。決して周りが煩かったわけではない。静寂が痛いくらいの空間で、けれど口の中だけで喋ったみたいなか細い声は、私の耳には入らない。

「……なに?」

 聞き返していいものか、一瞬判断に困ったけれど、念のため。言いたくなければ言わないだろうし、それでも伝えたいと思うのであれば言ってくれるだろう。そう思った。
 電気は、多分、言うべき言葉ではないことを口にしたんだ。数秒間は何かを言いたそうに視線を泳がせたりしていたけれど、あるとき、きゅっと口を噤んで、なんでもないと、今度ははっきりと音にした。なんとなく、それ以上聞きたくはなくて、そっか、とだけ返しておいた。

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