綺麗すぎる想いを撃つ




「なまえさぁ、今度の日曜ヒマ?」

 休み時間。響香ちゃんと音楽雑誌を見ていたら、電気に声を掛けられた。
 響香ちゃんはあれから特に私たちの関係に何かを言ってくることはなく、静観している、といった感じだった。ただの幼なじみなんだってことが漸く他の人にも浸透してきたのを感じるようになって、なんとなくほっとしている。
 だから、電気からのこういう誘いも、まぁなんというか、幼なじみならよくあることなんだろうなって思ったのかもしれない。特に気にした様子もなく、一度は電気と私に向けた視線をすぐに雑誌に戻していた。
 そんな響香ちゃんの様子を一通り見て、ゆるりと今週の日曜日のスケジュールを思い出す。確か珍しく両親が朝から夜までオフである以外は何の変哲もない一日だったと思うんだけど。「ヒマっちゃあヒマかな」と、微妙な返事をした。その答えを聞いた電気はやけにぶっきらぼうに、頭を掻きながらこんなことを言う。

「デートしよう」

 ん?と意味をもたない音を発して、私は固まる。
 響香ちゃんは持っていた雑誌をぐしゃっと潰して「はっ!?え!?」と混乱していたし、たまたま近くにいた切島くんは飲んでいた紙パックの飲料を喉につまらせて噎せていた。
 トイレで席を立っていると思われる数名を覗いて、ここにはクラスメイトがほぼ集結している。そのたくさんの視線が、私と電気に注がれているこの状況は、なんだ。なにこれ、どういうこと?と、脳みそはそれしか考えられなかった。

「……なにこれ、どういうこと?」

 脳がそんな感じなら、当然出てくる言葉もそんな感じ。さっきから思考回路は完全な空回りを繰り返していて、もうわけがわからない。
 電気からこんな誘いを受けたのは、生まれて初めてだった。

「……日曜日、朝9時におまえの家に迎えに行くから。遊園地でいいだろ?準備しとけよ」

 それだけ言って、電気はさっさと離れて行った。なにこれ。どういうこと?相変わらずそんな疑問しか頭には浮かんでこない。
 私は、だって、電気にとってただの幼なじみだよ。ただの幼なじみ、を、デートに誘う?普通に会って遊ぶんじゃなくて、デート。なんで。どうして。なにこれ。どういうこと?
 ぶわっと顔が熱くなって、思わずばっと両手で覆う。やだ、なにこれ。私、だって、電気のこと好きだけど、でも、そんなことは電気は知るはずもないことで。言ったことないもん。だから気付いてないはずだよたぶん。
 なのに、なんでそんなお誘いを私にしてくるんだろう。どういうつもりで。なに、あの意味深な態度。いつもみたいに笑って、へらへらしながら言えばいいじゃん。どうしてあんな、変な顔で。

 これまで、自分の気持ちを伝えることはしたことがなかったし、正直に言えば考えたこともなかった。だって、まずは電気の幸せを見届けたい。だけどそこに女の子の私は必要ない。ただの幼なじみの私がいればいいのだから。
 なぜだかずっと、自分の幸せより電気の幸せの方が大事だった。電気に本当に好きな女の子が出来た時、私がいたらきっと、上手くいくことも上手くいかなくなっちゃう。だから私はずっと、永遠にただの幼なじみでいよう。電気が一番好きな誰かと幸せに付き合えるなら、それでいい。電気が好きになる女の子は、きっと可愛くて優しくて素敵な女の子に決まってる。だから、その時がきたら目一杯祝福してやろう。私の恋心なんて、べつにいいんだって思ってたの。
 いい、はずなのに。

 なにこれ。どういうこと?

「ねぇなまえ、大丈夫?耳や首まで真っ赤だよ?」

 シワシワになった雑誌を丁寧に伸ばしている音がする。響香ちゃんが小さな声で話し掛けてきて、私は間髪入れずに「ムリ」と返した。「わけ、わかんないの。なんで、急にあんなこと、あんな顔で、態度で、そんなの、」

「……なまえって、ほんとに上鳴のこと好きだったんだね」
「だ、だからそう言ったじゃん!わた、私ずっと、電気のこと好きなんだよぅ!」

 思わず勢いよく席を立ち、しかも大きな声で告白紛いのことを言ってしまって、ひゃあと再び顔を覆う。あ、ちが、やばい!こんな大きな声で、こんな状態でなんて事を!ほ、本人に聞こえてないよね!?

「なまえと会話したあと、教室出てどっか行っちゃったよ」
「……あ、そ、そう。よかった、」

 ふぅふぅと呼吸を整えながら、ゆっくりとした動きで椅子に座り直す。ああ、なんか一瞬でめちゃくちゃ身体が重くなった気がする。相変わらず顔は熱い。響香ちゃんが言うように、多分全体的に真っ赤になってるんだろう。手でパタパタと扇いで風を送るけど、そんなもので冷めるような熱じゃない。くっそぉ、なんでこんなに熱いの、ばか!
 そうこうしていると、切島くんや瀬呂くん、葉隠さん、芦戸さんといった面々が私の机の周りを取り囲み、どういうこと!?何が起こったの今!?と詰め寄ってきた。賑やかし組は本当にこういう話が好きらしい。男子も女子も最高潮のテンションで、先程のやりとりに始まり、最近の私たちの関係についてまで言及していた。
 葉隠さんなんかは「なまえちゃんめちゃくちゃ照れちゃって!可愛い〜!」なんてずーっと頭を撫で回していたけれど、いやいや全くそれどころではない。そうだ、思えば確かに、電気はここ最近何か変だった。よそよそしくて、うわの空で。何か悩んでいたんじゃないだろうか。何って、一体何に。

 ……USJ事件の後の、あの、聞き取れなかった言葉はなんだったんだろう。

 考えたところでわかるわけもないことが、ぐるぐると脳裏を駆け巡る。
 やっぱり、言葉にしないと伝わらないことは多い。わからないよ、電気が考えてること。わけがわからないあまり、涙が出そうになる。恥ずかしい、なんかやだ、嬉しい、心配、期待しちゃう、けど、やっぱりなんかやだ。

 電気は今、果たして幸せなんだろうか。

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