咲かない言葉に惑わされて




 空気を切り裂くように鳴り響いた爆発音は、それまでの平和な日常を一瞬で壊してしまった。辺りは一瞬で緊張感に包まれ、パニック状態になっている。逃げ惑う人、腰を抜かしてしまったのか、動けない人、そんな人たちが辺りにはたくさんいる。制限時間付きの選択を迫られている気がした。

 私がこの場で迷ったのは、一般人として逃げるべきか、雄英高校ヒーロー科の生徒として出来ることをするか、ということだった。
 個性の使用が認められていない立場で、出来る事があるのかはわからない。それにただ単なる事故ではなく敵がいたとして、どうするの。仮に個性を使ったとしても勝てるかどうかわからない。電気や、たくさんの人が周りにはいる。無関係の人に怪我をさせるわけにはいかない。だから、迷った。安易に「現場へ行こう」とは言えなかった。

「……っ、逃げよ!」
「なまえ!?」
「私たちはまだ、プロヒーローでもなんでもない!ダメだよ、行ったら!」
「怪我してる人とかいるかもしんねぇ!せめて、様子見に行くだけでも……!助けられる人がいんなら助けてぇよ!逃げんのはそれからでも遅くねぇしさ!」
「……けど、危ないよ……!」
「大丈夫!なまえはぜってぇ守る!」

 ぐん、と手を引かれた。焦って何度も名前を呼び、静止を促したけれど、返事は何も返ってこなかった。力いっぱい握られた手首が痛い。だけど、どうしようもない。煙の上がっているところへ駆け出す電気に引っ張られる形で、私も走る。
 ……こうなってしまったら、変に正義感の強い電気は止められない。癖だ、最早。気になったら気になるままで放置できないんだ。非常事態時には冷静になって欲しい。だけど、こういう行動力は見習いたい。
 一つ、息を吐き出した。結局私は電気に甘い。せめて、向かう先が何も無いことを祈るだけだ。

 想像していたよりも、ちゃんと避難している人々は少なかった。むしろ現場らしき場所には人集りができていて、笑い声のようなものまで聞いてとれた。不審に思い、顔を顰めて様子を伺うも、場違いな声はやはり聞き間違いなんかじゃない。
 肩透かしを喰らった気分になってしまった。深刻な状態であるとは思えないけれど、状況が全くわからない。敵がいたわけでは、ない、のかな。

「どうしたんだろう……」
「事故?大したことなさそうな感じなんかな……」

 顔を見合わせて、近くにいた男の人に声を掛ける。何があったのか尋ねると、子供が個性を暴走させてしまったみたいだよ、と教えてくれた。こういう、小さい子が集まる場所でそういうことが起こるのは珍しいことではない。そういうことかとすぐに納得できた。
 誰でも一度は、個性扱えきれずにやっちゃうよね。軽いノリで男の人が苦笑いをしていたのを見て、もう一度、二人で顔を見合わせた。
 ちょうどその時、園内放送で、先ほど男の人から受けた説明がそのまま流れてきた。それにプラスする形で、このアトラクションの復旧には二時間ほど掛かります。ご了承ください云々と。
 なんだ、本当に大したことなかったんだ。
 多分、こういうアクシデントを想定して、電気系統の修理ができる個性持ちが常駐していたんだろう。そうじゃないとあんな爆発を起こしておいて、そんな短時間で復旧できるわけがない。二時間。早いなぁ。さすがにトラブルには慣れたもんだ。超人社会すごすぎ。
 唐突に始まり、唐突に収束した特になんて事はない騒動に、思わず力が抜けた。へなへなとコンクリートの地面にへたり込んで、大きな大きな安堵のため息を吐く。

「うわ!大丈夫かよ!?」
「………………すごく怖かった」
「だよな。……USJのこと思い出したよ」
「ほんとそれ。今度こそ本当に死んじゃうかもって、怖かった」
「うん、だから今日は絶対手離したくないなって思って」

 掴まれたままの手首を持ち上げられる。ああ、だからやけに汗ばんだ手で、力強く握ってたんだ。「何もなくて良かった」と口にすると、「うん」とだけ返ってきた。

「そういえば、何か大事な話してなかったっけ?」
「……あ、」

 私の問いに、電気は思い出したように自分の赤い目元に触れた。涙はすっかり乾いていて、その仕草で漸く騒動直前の会話の内容を思い出す。そうだ、めちゃくちゃ大事な話、してたんだ。
 電気は気まずそうに頭を掻いて、あー、とか、うー、とか言っている。まぁ、言い出しにくいよねこんな状況だし。多分この場では言わないんだろうなと思いつつ、それでも電気の言葉の続きは一応待つ。チラリチラリと何度かに分けてこちらに視線を送る電気は、やっぱり真面目な話をする気は無くしてしまったらしい。唇を尖らせて、「なんか、そんな雰囲気じゃねぇんだよなぁ」なんて呟くように言っていた。

「うん。そう言うと思ったよ」
「あ。っていうか気持ち悪いの治った?」
「この騒ぎでどっか行っちゃった……。むしろお腹空いたかな……」
「ふは、図太すぎじゃねぇ!?なまえのそういうとこ尊敬するわー!」

 じゃあ昼飯にすっか!と笑顔を見せた電気に同意する。正直、タイミング悪く聞きそびれてしまった本音が気になってお昼ごはんどころではないのだけど、まぁ、電気が元気になってくれたみたいだからとりあえずは良しとしよう。
 でも、後でちゃーんと話聞かせてもらうんだからね!

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