いっそこの気持ちを捨てられたら楽なのに




※上鳴視点



 ボリュームのあるサンドイッチと、この遊園地でしか食べられない限定のアップルパイを平らげ、昼食後最初に向かったのは観覧車だった。
 なんせ乗れるものが少ないからお化け屋敷とこれですげー迷ってたけど、メシ食った直後に変な緊張感を味わうのはなんか吐きそうという理由で先にこっちに。でもなんか、こういうのって普通最後に乗るもんじゃね?まぁ、楽しそうだから別にいいんだけどさ。

「うわぁ……!すごいね、どんどん上がってく!」
「そりゃそうだよ、観覧車なんだから」

 乗車直後から窓の外にべったり張り付き、はしゃいでしまっているなまえを見て、思わず苦笑が漏れた。
 両親の仕事の都合で家では一人でいることが多かったなまえだから、遊園地みたいな場所に来る機会がほぼなかったのは知ってた。家族で行ったのだと語る友人を、羨ましそうに見ていたのも。いろいろあったけど、こうやって楽しそうにしてるのを見ると、やっぱ遊園地にしてみてよかったなって思う。

「なんか、観覧車ってもっとゆっくり回るものだと思ってた……。結構早いね?」
「こんなもんだろ、十五分で一周するらしいし」
「ってことは……だいたい七分半で一番上まで上がっちゃうんだ。あっという間だね」
「だな」

 それから、話すことは無くなってしまった。
 とりあえず落ち着いたのか、なまえは俺と対面するような形で座って、外を眺めながらそわそわと落ち着きなくスカートの端を触っている。やっぱ、なんつーか、可愛いんだよなぁ。私服でこんな女の子らしいワンピースなんて持ってたんだな、なんて、改めて思う。うさぎの耳効果も相まって、すげー可愛い。口にすればまた、恥ずかしそうに俯いてしまうんだろうけど。

 なまえにとって、褒められることは嬉しいことじゃないんだろうか。真っ赤になって俯きはすれど、笑顔を見せてはくれなかった。何度か容姿を褒めてはみたけど、恥ずかしそうに「なんでそんなこと言うの」なんて言う始末。照れ隠しなのか本気で嫌がってんのかわかんないんだよな。女子って難しい。

 でも、なぁなまえ。男にデートに誘われてさぁ、そういうかわいいカッコしてきてくれるってことは、俺、期待しちゃっていいんだよな?

 そう思って今日は、これでも結構頑張ってんだぞ。普段は思ってても口に出せないことを、震える声で伝えてる。言葉にしなきゃ伝わらない。なまえがよく言ってることじゃん。だから努力してるんだけど、全然響いてる感じしねぇんだよな。なんか、完全に自信を無くしてしまった。淡い期待を持っていても、意味がないんじゃないかって思えてくる。全然わかんねぇんだ、お前のこと。

 はっと、目が合っていたことに気がついた。
 なまえの顔見たままでぼーっとしてたらしい。やば、変に思われたかも。なまえは不思議そうな顔で、黙って俺の顔をじーっと見ていた。そうして、薄く口を開く。

「……さっきの話だけど、」
「……さっき?いつの話だよ」

 ああやっぱり。観覧車に乗れば、いつか聞かれると思ってたんだ。こういう空間なら、真面目な話しやすいもんな。俺はもう、嫌なことを蒸し返すようで話したくなかった。だけど空気は、なまえの味方をしていた。そういう、話さないといけないような雰囲気になってしまっていた。

「なんで泣いちゃったの?」

 だって、なんか、わけわかんなくなっちゃって。
 心の中で言い訳のように返事はしたけど、音に昇華はされなかった。言えるか。こんな情ねぇこと。
 なまえは口にした後も戸惑っていた。こんなこと聞いてよかったのかな、って、少し後悔しているような、だけど心の底から俺のことを心配してくれているような、複雑な表情だった。

「そうだね。いつも優しい。気にしてくれてる。これでもちゃんと、わかってるんだよ。

 ありがとね。連れてきてくれて。私、今、楽しいよ。とっても幸せ」

 あの時。なまえが本当に嬉しそうに、幸せそうにそんなことを言うから、俺も嬉しかったんだ。それは間違いない。
 だけど、なんか。それは、今のこの関係で満足してるってことのように聞こえてしまった。
 なまえが幸せだというこの関係を俺の都合でぶっ壊してしまって、それで何か残るんかな。俺は先に進みたいけど、それって結局、なまえにはいい迷惑だったりするんだろうか。
 「好きだ」って言いたかったのに、言えなくなってしまった。この気持ちはやっぱり、死ぬまで隠し通しておくべきなのかもしれない。そんなことをぐるぐると考えたら、なんか、勝手に溢れてきてしまったんだ。

 嘘を付くのが苦手だと思ったことはない。けど多分、なまえにはそういうのバレバレで、いろいろと心配を掛けてしまっていたと思う。そういうのも、全部全部わかってる。
 けど、いろいろ考えてしまったら、本当のことなんてとてもじゃないけど言えなかった。俺、そこまで空気読めないやつにはなれねぇよ。それに、だって、やっぱ。振られるってわかってて傷付きに行くの、すげぇ怖いもん。

「ごめん、ほんと、なんでもねぇから」

 だから、そうやって笑って誤魔化すのが精一杯だった。

 ああ、また、なんか泣きそうだ。
 何してんだろ。なんでこんな風になっちまったんだ。いつの間にこんな涙脆くなっちまったんだよ、俺。

 心が、軋む音がした。

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