儚い恋心に溺れそう




「やっぱり、切島に好かれてるの気付いてたんだな」

 その言葉を聞いて、身体の中心で心臓が、ぎくりと嫌な音を立てた。
 ここ数日は、本当に心臓を酷使しているという自覚がある。もしかして、墓穴を掘ってしまったんだろうか。よりにもよって、上鳴くん相手に。
 恐る恐る、どうして、と尋ねる。上鳴くんは長く伸びた前髪に触れながら、へらっと、まるでなんてことはないように笑って見せた。

「だって俺さ、さっきポロッと切島がみょうじのこと好きだってこと言っちゃったのに、みょうじは当たり前の話をしてるみたいに触れなかっただろ。いつ気付いたん?切島は熱烈な視線を送ってたわけでもねぇし、会話だってめっちゃ頑張って自然な感じでいけてただろ?今日耳郎に突っつかれたけど……それはみょうじが顔真っ赤にさせてたのが切島に伝染ったから、たどたどしくなっちゃっただけみたいだし」

 そういうのも全部、個性のせい?
 そう小首を傾げて尋ねる目の前の男の子は、自分が思っている以上に鋭い人だった。いや、友人の、切島くんのことをよく見ていたんだと思う。切島くんの気持ちを聞いて、出来る範囲でそのお手伝いをしていた、とか。
 そうだ、思えば雄英に入学してからすぐ、上鳴くんと連絡先交換したのだって、ひどく唐突だった。あれももしかしたら、切島くんの為を思っての行動だったのかもしれない。
 ああ、上鳴くんがここまで知ってしまっている以上、素直に白状するしかないのかも。何も知らない響香ちゃんたちを誤魔化すのとは訳が違う。お昼休みに女子みんなに囲まれて、別に付き合っているとかじゃない。本当に何でもないの、と、お茶を濁したままになっていることを思い出して、ため息を吐く。

「知ったのは昨日の夢で……。なんか、個性が暴走してるような……私自身よくわかってないから説明難しいんだけど、夢に出てきた切島くんの、好きっていう感情が私の中に流れてきた、というか」
「ふーん……?ああ、個性暴走気味だから病院?」
「そう」
「なるほど」

 合点がいったとばかりに手を打って、納得したようにうんうんと頷く。上鳴くんは納得したかもしれないけど、私の方は全然だよ。上鳴くんの行動、やっぱりよくわかんないもん。

「上鳴くんは」
「うん?」
「どうしてほしいの?私と、切島くんに」
「どうしてほしい、ってことはないけどさ」

 明後日の方向を見て、考える素振りを見せた。実際、考えていたのはほんの数秒だと思う。こんなことを言っていいのか、という迷いからか、気まずそうに「んー……あー……」と間延びした声を出して、視線をあちこちへ散らせた上鳴くんは、だけど結局私を見ることはしなかった。私の右斜め下の床あたりに視界を落ち着けて、漸くぽつりぽつりと口を開く。

「最初はなんか……軽い気持ちで恋のキューピットになってやろー!ってみょうじに絡んで行ったんだよなぁ。切島の話しか聞いてなかったから、みょうじの気持ちとか、あんまり考えてなかったかも。切島良い奴だし、いけるだろー!みたいな。だから、わざと切島の私物をみょうじのいる方に投げて取ってもらったり、ぶつかりに行かせたり、なんかほんと小学生みたいなことしてさぁ。ちょっとでも会話させてやりたくて。けどなんか、切島はそれじゃダメみたいで。
 あいつさぁ、みょうじのことすっげー好きなくせに、みょうじが尾白のこと好きだったら俺邪魔だよなーとか言い出したりするから。なんつーのかな、みんなハッピーな感じでうまくいったりしないもんなの?こういうの」

 そう言って切島くんの心配をする上鳴くんも、なんだかとても悲しそうに見えた。ああ、うん、上鳴くんからすればそうだよね。友達なら、応援してあげたいもん。友達が好きな相手のこととか、あんまり深くは考えないよ。いけるでしょ、なんて、軽い言葉を言っちゃうことは、女の子の間でもよくあったから、なんとなくわかる。難しいよね。

「みょうじさぁ、切島のこと好きにはなれねぇ?無理?」
「え?」
「だって、切島泣くんだもん。最近放課後によく二人でカラオケ行ったりファミレス行ったりしてんだけどさぁ、泣くんだ。明確に理由があるわけじゃないっぽいけど、なんか、すっげー辛そうだし苦しそうだし。かわいそうなんだ。切島のこと嫌いならしょうがないけどさ、そうじゃないなら付き合ってやれねぇ?」

 しょぼんとした顔でそんなことを言われて、思わず息が詰まった。付き合うって、切島くんと、だよね。き、嫌いなわけじゃないけど、でも、そんな。上鳴くんに言われたから付き合うって、なんか、違うと思う。
 それは上鳴くん自身もよくわかっていることなんだろう。ごめんなぁ、こんなことしか言えなくて、と頭を掻いて座り込み、項垂れてしまった。
 ずっと悩んでくれてたんだ、私たちのことで。
 切島くんも友達想いな人だと思っていたけど、上鳴くんも優しい人だよ。さっきは言わなかったけど多分、昨日の電話の件もそうだったんだよね。切島くんと私に、会話してもらいたかったんだ。そんな風に上鳴くんの今までの行動を思い出してみると、思い当たる節しかない。なんか逆に申し訳ない気持ちになってしまう。彼のこと、勘違い、してたかも。
 上鳴くんは優しいね、と思ったことを素直に口に出すと、「あ!俺に惚れんなよ!?切島になんて言えばいいのかわかんねぇ!」なんて慌てたような声を上げた。「惚れません」と断定的でストレートな返事をすると、気の抜けたようなへらっとした笑顔を見せてくれた。

 少しの間座り込んでいた上鳴くんが、そろそろ戻ろうか、と言って、立ち上がる。その時の、どこか疲れたような、安心したような、後悔が滲むような、これからに期待しているような。……どれとも取れる微妙な表情が、やけに心に残った。すぐに視線を下げて、その顔を見ないようにする。

 上鳴くんはああ言ってた、けど。
 私は、切島くんとどうしたいんだろう。

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