なにがなんだかわからないよ




「……複合個性、ですか?」

 その意外な言葉を、思わず復唱した。初老の、個性専門の医者が「うん」と頷く。

「お母さんは予知夢の個性。お父さんは思考を読み取る個性。その複合個性みたいだね」
「……えっと、つまり、どういう」
「なまえさんの個性は予知夢じゃない。他人の感情から起こりうる未来を夢で見ているんだよ」

 隣に立つお母さんと顔を見合わせて、きょとんとしてしまう。つまり、何?私、自分の個性を勘違いしてたってこと?

 先生の説明は、少しだけ複雑だった。
 自分なりにわかりやすく例えると……百ちゃんがすごくすごく嬉しいことがあって、みんなに話したいことがあるとする。私の個性は、そういう気持ちを知らない内に受信してしまうみたい。受信した誰か、この場合は百ちゃんの嬉しいことを共有したいという気持ちから、起こる可能性のある未来を夢に見る。今まで私は、それをただの予知夢と勘違いしていたんだ。
 名前をつけるとしたら、思考受信性予知夢って言うのかな。そう言って、先生はサラサラと綺麗な筆記体をカルテに書き加えていく。
 聞きなれない言葉を反芻するけど、この年齢まで自分の個性をきちんと把握してなかった、というのはなんとなく恥ずかしい。よく雄英生になれたもんだ。

 だけどこれが予知夢でないと言われても、納得ができない、というわけじゃない。
 さっきの例でいうなら、みんなにその嬉しいことを話すかどうかは、百ちゃんのその時の気分や他の人の行動にもよる。母親のそれと比べていかんせん予知夢としての精度が低かったのは、そもそも個性の性質が違うからだったらしい。
 結局のところ、私の個性は、本来の意味の未来予知よりも、受信した個人の思考に寄るところが大きい。未来を見ていたわけじゃなくて、いろんな人の、こうしたい、こうなりたい、という強い想いを見ていただけだったんだ。
 ちなみに、父親の思考読み取りの個性の発動条件が一度でも自分の視界に入った人に限るから、私の個性の条件もそうじゃないか、との事。なるほど、そういう事なら、決して身近な人の夢ばかりじゃないことも頷ける。

 私が今まで見ていた夢は、全部全部、誰かの予定だったり、妄想だったり、願望だったり、そういうものだった、ということはわかった。そういう気持ちを持つ人が多ければ多いほど、強ければ強いほど、私の夢に出てきやすいんだ、ということも。

 受験の時は、雄英高校を下見に行った時にたくさんの先生達が教壇に立って授業内容やヒーローの何たるかを教えてくれた。多分その時、先生間で予定されていた受験内容を読み取ってしまった。

 ストーカー被害にあっていた女の子を助けた時は、多分、私自身意図せず犯人を視界に入れていたんだ。犯人の犯行計画を読み取れたから、未然に防くことが出来た。今思えば、相当運が良かったんだと思う。

 なら、切島くんの夢は?
 これが暗示することなんて、たった一つしかない。



*****



「……やばい、今日寝たくないよ」

 病院から帰ってすぐ、母親が夕食を作ってくれている間、私は部屋に閉じこもっていた。
 先生に診てもらえてよかった、なんて心の底から思えないのが辛い。何も悪いことはなくて、確かに良かった。でも、あれが、切島くんの妄想とか願望であることが遠回しにわかってしまった。
 それはつまり、切島くんは私とああいう関係になることを強く強く望んでいるということだ。
 そういうことなら、これは切島くんの気持ちが落ち着くまで、ヘタをすれば半永久的にあの夢を見る可能性がある。こんな恥ずかしいことはない。拷問だ。なんてことだ。

 ……気になることが、いくつかあった。

 急にあんな夢を連続して見るようになったきっかけ。
 それから、三日目から急に夢の中の雰囲気が変わったこと。

「ようは他人の気持ちに反応する個性、なんだよね。ってことは、何かあったんだ。切島くんの中で」

 一日目。最初にあの夢を見た前の日に何かあったんだと思う。けど、その日に切島くんと何かあったかというと、何もなかった、ように思う。私が思い出せないだけかもしれないけれど、まともに会話さえしたことなかったのに、何か、なんてあるものだろうか。

 なんだか、いろいろと疲れてしまった。
 どうすればこの悪循環から抜け出せるんだろうと考えた時、放課後上鳴くんに言われた「切島と付き合ってやれねぇ?」という言葉がふと浮かんでしまった。やっぱり、切島くんのことを思うと体温が上がる。あんな夢を何度も何度も、はっきりと見てしまったんだ。いつかは慣れてくれるのかもしれないけれど、今は無理。やっぱり、恥ずかしい。

 明日は土曜日だけど、ヒーロー科にはそんな事は関係ない。いつも通りの授業を、いつも通りの時間まで受けないといけない。いつも通り、みんなに会わないといけない。
 響香ちゃんたちにも、上鳴くんにも、切島くんにも、どういう態度を取ればいいんだろう。
 いつにも増して雑多に散らばったいろんな気持ちは、暫く無くなりそうになかった。

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