本日、ひとり最終回




※上鳴視点



「すき」

 ぽつりと、そんな言葉が耳元で聞こえた。
 一瞬勘違いをしてしまいそうになって、バカだなって笑ってしまう。そんなわけないのに、と、脳みそが真っ先に否定をした。少し前の浮かれてた自分なら希望を持てたんだろうけど、今となっては少し遅い。
 突然何を言うのやら。知ってるよ、そんなこと。幼なじみとして、だろ?お互い本人に向けて、直接それを口にした事はなかった。だけど他人からの誤解を解くために、俺もなまえも何十回もその言葉を口にしてきた。あいつのこと、好きだよって。
 小学生の頃、周りに持て囃されて覚えた言葉。あまりに軽い意味を持つその二文字は、本当のことを言えばあまり好きではなかった。使えば使うほど、本来の意味が薄れてしまうような気がする。なまえのことが好きであるその想いが、軽いもののように感じてしまうから。
 今まで散々他人に吐き散らした「すき」という言葉は、半分は本気だったけど、もう半分はただの自嘲だった。こういう言い方なら幼なじみでもこの気持ちを口にすることが許されるんじゃないかって、そういう自分勝手な気持ちだったんだよ。
 なぁ、だけどなまえはそうじゃねぇんだろ。その言葉に果たして俺の思うような感情は入ってんのか?そんなわけねぇだろ。ただの幼なじみとして、ただの一友人としてしか、俺のこと見てなかった。じゃないと、なぁ、今までの態度全部、説明つかねぇよ。理解出来ねぇもん。今日一日かわいいカッコ見せてくれて、容姿を褒めると顔を赤らめて。それって、デートっていう言葉に当てられただけなんだろ?今までのなまえ見てたら、そうとしか思えねぇんだよ。
 なまえが今言った「すき」は、俺が他人に誤解を解く時に使う「すき」と何も変わらないんだろ?そうなんだよな?

 首元になまえの吐息が掛かる。ドキドキと心臓が跳ねまくる。それでも俺は、なまえの言う「すき」に期待なんて持てなかった。なぁ、どうして急に、そんなことを言うんだよ。そんな、まるで、愛の告白でもしているような雰囲気で。おかしいだろ、変だろ。何考えてんだよ、なまえ。
 頭の中は意外と冷静だった。思考回路はぐるぐると円滑に回っているのに、だけど、なぜか上手く言葉は出てこない。こんな至近距離で会話をすることなんて、いくら幼なじみでもありえないことだから、少なからず動揺しているのかもしれない。
 そんな俺を見て、どう思ったんだろう。なまえは顔を歪めて、涙をボロボロと落としていた。嗚咽を漏らし、泣きじゃくる姿を、空気を読めず綺麗だと思ってしまった。

「……っごめん、そうだよね」
「……なにが?」
「ううん、わかんないなら、いいの。ごめん。私が勝手なだけ。電気は悪くないから」
「なに、それ。言ってくれねぇとわかんねーよ」
「だって、ほら、電気だって何も言ってくれないじゃない。お互い様だよ」

 そう言って涙を拭うなまえは、穏やかな表情だった。そんな顔をされると、もう何も言えねぇって。ずりぃよ。なんだよそれ。俺だって、言いたくなくて言えないわけじゃないんだ。だって、俺はただ、自分が傷付きたくない、だけで。勘違いとかも、したく、ねぇし、

「ねぇ」

 相変わらずの近距離で、なまえは小さく俺を呼んだ。返事ができず、ただ黙ってなまえの言葉の続きを待つ形になる。何か言わねぇと。そうは思うけど、やはり言葉は出てこない。だけど、理由は先ほどとは少し違う。いつも前向きで、明るくて、俺の前でも滅多に涙を見せないなまえがこんな悲しげな表情をしていると、なんと口にしていいものかわからなくなるんだ。何言っても傷付けてしまいそうな気がする。嫌だよ。お前のそんな顔見んの。なんか、辛いんだって。心臓痛てぇよ。やめろよ。

「私たちさ、もう一緒にいるのやめよ?」

 眉は辛そうにたれ下がり、口元はへにゃりと笑っている。それが本意でないのはなんとなくわかった。けど、やっぱりまともな言葉は出てこなかった。「なんで」とか「意味わかんねぇ」とか、言いたい事はたくさんあるのに、そういった俺の返事なんて全部全部聞く耳を持たないような、そんな言い方に聞こえた。

「電気も私といるより切島くんとか瀬呂くんとか爆豪くんとか、同性の男の子といる方が楽しいでしょ。私もね、響香ちゃんと音楽とか、そういうの趣味あうの。お茶子ちゃんや梅雨ちゃんもすごく優しく接してくれてるし、ほら、私さ、電気とばっかり一緒にいたからあんまり女の子の友達っていなかったんだよね、よく考えたら。あんまり、ね、そういうの良くないよね。電気も可愛い彼女作りたいでしょ。私がいたら邪魔になっちゃう。そろそろさ、電気ばっかりにくっつくの止めなきゃと思って。電気には、だって、幸せに、なって欲しい」

 笑って、泣いて、つらつらとよくわからないことを述べる。最初の方しかちゃんと耳に入ってこなかったけど、ああ、何を馬鹿なことを言っているんだと思った。
 彼女なんて、だから、なまえしか考えられねぇんだって。なまえが好きなんだよ。俺の幸せってそんなん、なまえの隣にいることが一番幸せに決まってんじゃん。こうやって二人で出掛けたりしなくたって、ただどっちかの家でゴロゴロしてるだけで幸せなの。なぁ、わかんねぇの?なんでわかってくれねぇの?何年俺の隣に居座ってたわけ?

 って、そんなん、俺が口に出したことがねぇからなんだろ。だから伝わらねぇんだ。そんなこと、俺が一番わかってんだよ。

 ほんと、口にしなきゃなんも伝わんねぇのな。なまえの言う通りだったわ。
 こんなに長い期間一緒にいたのに、それでも自分の気持ちをはっきり伝えなかっただけで、こんな風にすれ違っちまうんだ。かっこわりぃ。何なんだろうな、ほんと。俺たちの関係、本当に何だったんだ。何もかもが手遅れだ。もう。

「……わかった、もう、話しかけねぇようにするから」

 これで終わり。ぜーんぶ終わりだ。
 長かった片想いは、こうやってあっさり終わってしまいましたとさ。ダッセェ。ほんっとーに、死にたくなるくらいダセェわ。くそ、

 そっから先なんて、なーんにも覚えてない。
 比喩でも何でもなく、心の中が空っぽになってしまった。今日を終えて、残ったのはただの虚無。それだけ。全部ぜーんぶ、ハイ、終わり。

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