綺麗であることが存在意義だなんて




※上鳴視点


 保健室から戻ってきたなまえは、なんだか疲れているようだった。怪我の具合を尋ねると、もう大丈夫、と切れていたおでこの怪我が完全に治癒されたことをアピールしてきた。けどその声のトーンは、多分俺しか気付けないくらいにはいつもよりいくらか低めだ。顔面の他に、地味に背骨から腰に掛けて痛めていたらしい。無理はしないように念を押されてしまった、と呑気に笑っていた。
 教えられて初めて、そういえば後ろを振り向いたりする動きをした時、痛そうに顔を顰めていたような、と思い立つ。こいつ変に痛みに強いから、すぐに無理しやがる。俺もすぐに気付けなかったけど、痛い時はちゃんと言えっつーの。

「いやぁ、ちょっと痛かっただけなんだけど、思ったより酷かったみたい」

 てへへ、と照れ笑いを浮かべるなまえにそりゃそうだ、と返す。
 あの時。なまえは自分ではわからなかったみたいだけど、結構な勢いでぶっ飛んで、しかも着地もまともに出来ないまま顔面から地面に突っ込んだんだ。あれ見た時の俺の気持ちよ。死んだんじゃないだろうなって肝が冷えたわ。慌てて駆け寄ったら自力で起き上がるし、そんなことより記録は!?みたいな感じだったから、あ、なんだ。大したことないのか。とそこまで心配しなかったけどさ。
 いや、けど、とりあえず顔面が無事そうでよかった。こんなでも女子だし、顔に傷が残ってしまうと、その。なんか、嫌だもんな。

「まぁいいや!とりあえず、なまえ帰ろうぜ!今日俺んち来るだろ?」

 峰田の顔面がびゅん、と風の音を立ててこちらを向いた。そして「はぁ!?」と、大きく、怒りの篭った声が発せられた。俺となまえの肩が、びくりと揺れた。

「不純異性交遊ですかァ!?雄英来てまでェ!?見せつけてんのかコラァ!!」

 峰田の凶悪な顔と、憎悪や嫌味をたっぷり含んだ言い方に、今度は俺が「はぁ!?」と声を上げた。なまえが至極真面目な顔で「峰田くん顔スゲェ」とギリ俺の耳にしか入らない程度の小声を漏らし、噴き出しそうになる。

「幼なじみらしいよ!上鳴曰く!」

 そう助け舟を出したのは芦戸だった。そういえばこいつ、今日俺らが一緒に登校しているのを見て「えー!うそ!二人は付き合ってるのー?」とやけに高いテンションで話しかけてきたんだった。返した答えは勿論、このやり取りの通り。

「アタシは付き合ってると思うんだけどー!」
「お前は朝、俺の話の何を聞いてたんだ」

 つい神妙な顔で突っ込んでしまった。いや、いやいやいや違うんだって、本当に違うぞ。ちらりとなまえの顔を見ると、やだなー違うよーなんてへらへらしていた。いや、うん、確かに違うんだけど。こいつのこの反応、これはこれでなんか傷付く。

「でもさ、いくら幼なじみとはいえ高校生にもなって異性の家に上がり込む?」

 隣の席の耳郎が突然割って入ってきて、お前も聞いてたのかと無意識に眉間に皺が寄った。おいニヤニヤするな。ホントは付き合ってるんだろ?って言いたいのが表情からダダ漏れだぞ。
 芦戸はともかく、耳郎はただ俺をからかいたいだけだろうと思って「お前なぁ、」と口を開いた。

「他の人はよくわからないけど、私たちはお互いの家に上がり込むよねぇ?ほら、私の親帰って来るの遅いから」

 なまえがあっけらかんと言い放って、耳郎を初め、峰田、芦戸。そしてこっそり聞いていたらしい切島やその他多数の人物の動きがピタッと止まった。
 んんん!まって、その言い方やめて!なんか卑猥!
 俺が弁解する前に、峰田と切島が声を荒らげた。

「みょうじの家で二人っきりで何してんだ!!」
「上鳴おまえもしかして済み!?済みなのか!?」
「誤解!誤解生まれてる!なまえ訂正して!詳しめに!なまえの親かいない時、俺たちは何してますか!?」
「え?……あ、あー!ごめん、そういうんじゃなくて!電気の家で、たまーに夜ごはんご馳走になったりしてるってこと!幼なじみだから!女の子一人で家にいるの危ないし、ぼっち飯寂しいでしょ?って誘ってもらって!」

 その言葉を聞いて、それまで顔を赤くして両手をほっぺたに添えていた耳郎が「あ、なんだ……」とホッとしたように呟いた。なんだじゃねぇよ。お前まで一体何を想像してたんだ。
 先程は少し離れたところからチラチラと話を伺っていたムッツリ切島はと言うと、何を言うわけでもないが納得はしているようだ。しかし僅かに耳と首回りが赤くなっていて、お前その反応は間違いなくサクランボさんだろと俺の中で烙印を押させてもらう。
 しつこいのは峰田だった。「嘘つけええ!」と相変わらずすごい剣幕で怒っている。こいつどんだけ男女交際にコンプレックス抱えてんだ。闇深すぎじゃね?こええよ。
 さすがのなまえもこれ以上どう言えば伝わるのかわからないようで、「いや、えっと、嘘じゃないけど」とやはり俺にしか届かないような小声で応戦している。疲れているのもあって早く帰りたいんだろう。普段ではなかなか見られない複雑そうな表情をしている。

「みょうじ!ホントのこと言えよ付き合ってんだろ!?二人きりの部屋であんなことやこんなことしちゃったんだろ!?なぁ!?」
「いや、あの、過去一度もそんなことしてないけど」
「じゃあオイラと付き合えよおおお!!!」
「いやそれはムリかなぁ」

 なまえの非情な宣告に峰田は膝から崩れ落ち、砂となって風に流されていく。ああご愁傷さまです。
 ……っていうか、え?峰田はなまえのこと好きなの?今日初めて会ったんだよな?

「多分、女子なら誰でもいいんだと思う……。多分……」
「マジか」
「いいから帰ろう、なんか疲れた……」

 深く深く溜め息を吐いて、なまえは蛙吹、緑谷を初めとする何人かと別れの挨拶を交わした。教室に戻ってきた時と比べて、明らかに元気がなくなっている。ああ、バカ、峰田のせいだ。
 教室を後にして、トボトボと力なく廊下を歩くなまえに、敢えて声は掛けない。多分今はそれがいい。憧れていた学校で、初めて会う知らない人に囲まれて、除籍処分になるんじゃないかって自分を追い込んで、あんな個性の使い方して、ひどい怪我して、治癒してもらって。そりゃ疲れるよな。防御特化の個性でよく頑張ったよ。うん。
 労いとご機嫌取りの意味を込めて、母ちゃんにこいつの好物作ってもらうようにお願いしてやろう。俺ってほんと優しい。
 だから明日からこの雄英で、がんばろーな!

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