迷わずに奪われずに、あなたの志を




 結果だけ端的に言うと、除籍処分というのは相澤先生の嘘だった。

「うそ」
「嘘じゃねぇ。合理的虚偽だ」

 私の小さな呟きは、相澤先生本人によって否定された。いや。いやいや。嘘じゃん。
 一通りのブーイングを受けながらも全く悪びれる様子がない相澤先生は、しかし煩わしそうに私の前に立ち、一枚の紙を手渡してきた。なんですか?と聞くまでもなく「保健室行っとけよ」と言われ、背を向けられる。読むと保健室利用書と書かれていて、あ、これ無いと保健室行けないのか、と理解をした。
 いやいやいやいや、それにしても。

「嘘かー!嘘かよー!」
「いやよかったじゃん嘘で!お前緑谷と同率最下位だぞ!ほんとに除籍処分されたらどうすんだよ!!」

 電気の言葉に反論できない。いや、いやいやそうなんだけど。ぶぅと口を尖らせて、相澤先生の遠くなった後ろ姿を見る。ひどいよ、ほんと、こっちは吐くかと思うくらい緊張してたのに。よかったけど。よかったけどさぁ。

「よかったわ、なまえちゃん」
「梅雨ちゃん!」

 さっきのローテンションはどこへやら。梅雨ちゃんを視界に入れた瞬間にお礼を言いつつ全力で抱きつく。梅雨ちゃんも満更では無さそうに、「苦しいわ」とは言いながらも優しくよしよししてくれた。梅雨ちゃんがいなかったら私きっとブッチギリの最下位だった!それはちょっと嫌だ!本当に本当にありがとう!

「緑谷くんも!良かったね!」
「え!?」

 保健室に向かう背中に向かって声を掛けた。急に話しかけたからか、緑谷くんはまたしても激しく肩を揺らし、狼狽えている。まんまるな瞳を見開いて、私が何を言いたいのか量ろうとしているみたいだった。

「緑谷くんが除籍にならなくて良かったよ!私も除籍は嫌だけど、だからって緑谷くんがいなくなっちゃってたら私、ここに残ってもあんまりいい気持ちにはならないと思うんだよね。だから、良かったなぁって」

 自分勝手なこと言ってごめんね、と付け加えて、両手を合わせて緑谷くんに謝罪のポーズをとる。え、いや、えっと、と少し慌てる素振りを見せた緑谷くんは、きゅっと唇を噛み、少し落ち着いてから、私の方をゆっくりと見据えた。

「僕も、同じだよ。みょうじさんが除籍にならなくて良かった、と、思うので…」

 そしてふわりと可愛らしい笑顔を向けられて、ありがとうなんてお礼まで言われた。なんか笑顔が癒されるなぁと思ってヘラヘラしていたら、電気に電気チョップをくらった。まって、めっちゃいてぇ。ビリった。

「いいから早く保健室行ってこいよ」
「そうよ、なまえちゃん。また鼻血が出てるわ」

 血で赤く染まったタオルで乱暴に顔面を拭かれ、わぶ、と変な声が出た。電気と梅雨ちゃんに急かされるように、私と同じく相澤先生から保健室利用書を受け取っていた緑谷くんと一瞬に保健室に行くことになった。

 緑谷くんはとてもおとなしい男の子で、電気とは違う話しやすさがある。彼のなんといえばいいのかわからない個性のこととか、中学のこととか、雄英での生活のこととか、とにかくいろいろな話をした。なんだか曖昧でふわっとしたことしか話してもらえなかったけど、話し方からとても優しい性格であることが伝わってくる。彼の幼なじみだという「かっちゃん」という人とは大違いだ。話をしたことはないし、個性把握テストで好成績を残し、やけに緑谷くんに突っかかっていた、ということしか知らないけど「かっちゃん」はいつも怒っててすごく怖いという印象しかない。電気は「アイツおもしれー!」とか言ってたけど、全然面白くないしむしろ殺されそうだ。失礼な話だけど。
 そう伝えると、緑谷くんは笑った。

「そうだね。僕も、かっちゃんは苦手だ。強くて、かっこよくて、たくさんの才能がある。すごく尊敬してるけど、でも、同じくらいすごく嫌なヤツでもあるから」

 いろいろな感情が混ざりあった複雑な表情で、緑谷くんが小さく溜め息を吐いた。私と電気も幼なじみだけど、こういう関係の幼なじみもいるんだなぁ。大変だね、いろいろ。よくわからないままにそう口にすると、緑谷くんは一瞬きょとんとして、そうだね、と苦笑を漏らした。

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