野良の熱はまだ冷めない




 ピンと張り詰めた空気が、なんだか重い。どうなっているんだろう。状況がよくわからないけど、響香ちゃんはずっと耳を澄ませていて、何かを酷く警戒し、考えているようだった。何か。多分、奇襲だ。もしかしたら既に近くにいて、私たちがここに隠れていることにも気付いているのかもしれない。
 攻撃に備えていつでも膜を張れるようにしておかないと。そう思って手に力を込めた瞬間、響香ちゃんが「下がって!」と叫んだ。
 慌てて飛び退いて、すぐに響香ちゃんたちの安否を確認する。大丈夫、怪我してない。さっきまで隠れてたところは酸のような液体が掛かっていて、芦戸さんの個性で強襲されたのだと知る。

「やっぱ避けられちゃうよねー!個性人に向けるの気が引けちゃうし、調整ムズイよー!」

 軽いノリ。軽い声。だけど声の出どころがわからない。電気が「上だバカ!」と私の頭を押さえこんで、反動でおでこを足にぶつけた。いってぇ!けど、そのおかげで酸を被らずにすんだ。うえ、上だと電気は言った。ぱっと天井を見上げると、天井の一部を酸で溶かし、まるで蜘蛛のように張り付いている芦戸さんが視界に映る。うわ、すご。
 感想を言葉にするよりも早く、三撃目を放たれた。慌てて膜を張ってガード。そして足元を崩してやるつもりで、狙いを定め、酸の個性を反射させた。
 まさか自分の個性が跳ね返されると思っていなかったのか、芦戸さんは対応に遅れた。狙いは命中。右足を引っ掛けていた部分が溶け始め、芦戸さんは驚きの声をあげて、重力に逆らうことなく片足をぶらんと落とす。両手と左足の力だけで天井にぶら下がる形になった芦戸さんに、機動力はない。「チャンス!」と電気が声を上げた。

「芦戸!ちょっとビリビリすっけど、勘弁な!」

 個性で攻撃をするつもりなのだろう。私の個性があるから、チームメイトに被害が及ぶことはない。その算段で、放電を繰り出そうとしていた。私は響香ちゃんを守るため、彼女の背に自分の背中をくっつけた。

「上鳴!後ろだ!」

 響香ちゃんの声がして、電気の肩が揺れたのが見えた。
 あの派手なマントは。青山くん、だった。気が付けば、私、響香ちゃん、芦戸さん、電気と、狭い廊下にほぼ一直線に並んでしまっているではないか。芦戸さんは未だ天井にぶら下がっているから当たらないにしても、このままでは三人まとめてレーザーの餌食だ。うわ、これ、やばい!そう思ったのは電気も同じだったよう。青山くんに一番近い場所で背を向けていた電気は、青山くんの個性を避けられない。
 まにあえ、間に合え!私はほとんど反射で、最大範囲の膜を貼る。一瞬の出来事だった。レーザーは電気に当たる直前、ほんの数センチの間に貼られた膜によって防がれ、そのまま青山くんの元へ吸い寄せられるように反射された。
 あ、やば!と声を上げる。特に反射先を意識しないと、攻撃はそのまま本人に跳ね返る。とにかく個性を発動させるのに必死で、そこまで頭が回らなかった!

「あああ青山くんごめん避けて!!」

 レーザーというくらいだからその攻撃速度は相当なもの。青山くんは顔面蒼白、汗だくになり、悲鳴を上げながらギリギリのところで身を翻した。良かった。なんとか大丈夫そう。ホッと胸を撫で下ろすと、先程よりさらに大きな悲鳴が上がった。え、何!避けきれてなかった!?怪我しちゃった!?

「ま、マントが……!おニューのマント……!」

 見ればマントには大きな大きな穴と焦げた後が残っていて、私は思わず、あちゃあ、と頭を抱えた。ご、ごめん。悪気はなかったの……。
 なんと声を掛ければいいのかわからず狼狽えていると、オールマイトの「ヒーローチームWIN!!」というアナウンスがあった。「え!?」とその場にいた全員から声が上がる。何事かと電気と顔を見合わせるけれど、電気も状況の把握ができていないよう。しかしすぐに響香ちゃんがいなくなっていたことに気がつく。まさか、この混乱に乗じて。
 核があるのだろう方向へ足早に駆けていく。丸い卵のような形をした核を背に、こちらへ戻ろうとしていた響香ちゃんと鉢合わせた。

「響香ちゃん!」
「よ。勝ったね。まぁ三人だったし、ウチら相性良すぎたわ」

 へらっと笑って何事も無かったかのように「戻ろうか」と声を掛けられ、「うん、」と返事をした。私、正直戦闘に意識を置きすぎて、核を確保するという目的をすっかり忘れてた。それは電気も同じだったようで、「やべーな耳郎!」と響香ちゃんの機転に大絶賛を贈っていた。いや、ホントはダメなんだけどね。目的と手段がどうのとか、講評で散々なことを言われそうだ。
 響香ちゃんの情報収集能力と、今回あんまり活躍できなかったけど電気の攻撃力、それに私の防御力。確かによくよく考えたら、これはバランスが良すぎる。もうちょっと真剣に、要領良く動けていたら、もっともっとスムーズに勝てていたに違いない。
 やっぱりこの学校で学べることは多い。八百万さんの鋭い講評が怖いけど、悪いところは正していかないと、だね。

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