tiny,tiny,tiny
1day

どこにも見当たらなたい扉を探すのをやめた。

恐らく、白いであろう壁と白いであろう床。自分の足元だけが微かに光を放ち、ここには自分以外の人や物がないことがわかる。一体、いつここに来て、いつ気が付いたのかもわからないほど彷徨い続けている。だが、不思議なことに空腹や痛みなどはまるで感じない。頬や腕を抓ってみても痛みがないことに関しては、もしかして夢かもしれないと思ったが、眠気も全くないので夢だと確認することも難しい。いつになったら、わたしはここから出られるのか。そんなことを考え始めた当初はまだよかったが、今ではなにも思わない。このまま、生きているのか死んでいるのかもわからずに、わたしは彷徨い続けるのだろう。

「ーーきみが高槻まひる? すごいなあ。こんなところに閉じ込められて、もう二週間が経つのに意識を保ってられるなんて。普通の人間なら頭がおかしくなってるよ」

不意に現れたのは、見たこともない少年だった。お伽話の世界から飛び出したのようなきらびやかな格好をし、左手にはステッキを持っている。少年という表しに少し違和感を覚えるほど、不釣り合いな格好だった。

「あっれえ。驚いて声も出ない? それとも、恐怖に慄いてかなあ。まっ、どっちでも同じか」

まだ声変わりをしていない声。けらけらと笑うその声で、わたしの名前を呼ぶ。どうして、わたしの名前を知っているのか。そのことを問うのを躊躇わせるのは、光を放っていたわたしの足元が、少年に移ったからだ。白いであろう壁と床が一瞬にして黒に見えてくる。ここに取り込まれてしまうのではと拭いきれない不安が生まれた。

「きみを僕の部下にしてあげる」
「……え? 部下?」
「そっ。僕の手下。僕のためにその身体を傷だらけにして、僕のために生き続けてほしい」
「……な、によ、それ」

頭おかしいんじゃないの。そう続けようとした言葉は少年の哄笑に飲み込まれる。少年とは思えない、鋭利な刃物ような視線がわたしに突き刺さる。急激に体力が消耗するのを感じた。もはや、声を発することすら億劫だ。

「あ、やあっと効いてきたかあ。きみってば案外、頑丈なんだねえ。殺しても殺しきれないかも」

ふざけたこと言わないで。そう言おうと思っても声は出ない。それなのに、届くはずのない言葉に反応するように、少年は目を伏せた。

「僕はきみのためならなんだって出来るよ。だから、きみが僕のために生き続けることは簡単なことだよね? だって、ここから救い出してあげるもの。ほおら、これで僕が命の恩人だあ」

次第に意識が朦朧としてくる。瞼が落ち、最後に訊いた言葉とは裏腹に、少年の表情がどこか泣き出しそうだったのはわたしの両目が曇っていたからかもしれない。

「僕はきみのためならなんだって出来る。ほんとだよ、まひる」例えそれが少年の精一杯だとしても、わたしは少年の顔どころか名前すら知らないというのに。


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