tiny,tiny,tiny
2day

「やあっと、起きたかあ。僕には到底考えられないが、丸々三日寝続けていた時の気分はどう? いっそ、清々しいのかな」

皆目一番に見えたのは、少年のあどけない顔だった。色白で色素の薄い翡翠色の目がわたしを見下ろしている。そこには血の気が引いたわたしの顔がぼんやりと見えた。

「……清々しい? 馬鹿なこと言わないで。もう最悪よ。寝すぎると頭が痛くなったことぐらいないの」

貼り付いていた喉を無理やり動かす。一度、咳払いをして少年から視線を外した。ここは、あの場所ではない。窓はないが、それ以外にはどことなく生活感が感じられたが、少しだけ埃っぽいベッドシーツに眉根を寄せた。

「え? ああ。ごめんねえ、何度かはたいたんだけど埃っぽかった? あっ、今飲み物取ってくるよ」

そう言うや否、少年が部屋から出て行く。明かりが漏れた廊下に姿を消した少年を確認し、わたしはゆっくりと身体を起こした。鉛のように重たい身体は自分のものとは思えないほど脆く、弱々しい。こんなに骨が浮き上がっていただろうか。あそこにいた時は空腹は感じなかったのに、身体は痩せていっている。丸々三日寝続けていたと言っていたが、三日食べずにいただけで、わたしの身体はただ骨に皮がついているという感覚だ。

「もう起き上がれるの? すごいなあ、やっぱり」

飲み物と軽食が乗ったトレーを脇に置き、わたしの背中に手を添えた少年は控えめで、本当に労るような手付きで飲み物を渡してきた。

「ハーブティーなんだけど、飲める? あと、サンドイッチも作ってきたよ。中身はねえ、たっぷりのチーズとハムのサンドと、ちょっと焦がしちゃったんだけどベーコンレタスサンド」
「……ありがとう」

素直にお礼を言ってしまうほど、鼻孔をくすぐるハーブの香りと、ベーコンの芳ばしい香りに、わたしは少しだけ安心してしまった。力の入らない手を伸ばす。少年が作ってきてくれたのだろうかと思案したまま、意図せずその手はだらりと項垂れ、ハーブティーの入ったカップに触れることも出来なかった。

「あーあ。力は入らないのかあ。せっかく作ってきたのに。まっ、それもそうか。普通だったら三日で目を覚ますことも、起き上がることすらままならないし」
「……なに。どういう、こと」

「はい、あーん」わたしの質問に答えないまま、僅かに湯気がたっているハーブティーが口元に押し付けられる。

「熱っ」「猫舌? 待って、待って。今冷ますから」ひりつく下唇と舌をもごもごしていれば、二三度、息を吹きかけた少年はそれを自らの口に含んだ。

「んっ、ちょっ、と」

さも当然のように合わさった唇に戸惑いを隠せない。今冷ますからというのはこういうことではないと思いつつ、全て飲み込めなかったハーブティーが顎を伝って垂れていく。

「ちゃあんと飲めたかなあ」
「ちゃんともなにもない!」
「あ、垂れてるよ。駄目だなあ、まひる。せっかく僕が飲ませてあげたのに」
「わっ、ちょっ、と。舐めるな!」

子犬のように愛らしい顔で顎から首にかけて舌を這わした少年は、わたしの太腿の上に乗っかり、歳相応の笑みを浮かべた。

「僕が作ったもの、僕が触ったもの、僕自らが差し出したもの。すべてがまひると呼応しているね。安心したよお。ほらっ、体力戻ったでしょ」
「えっ? あ、れ。本当だ。身体もだるくないし、喉も……んっ、な、なにす、る……」

「ふむ。元の体型に戻ってきた。あっ、ここもお」ふにふにと胸の谷間に躊躇いもせずに手を入れた少年に目を見張る。欲求に忠実なのだろうか。もぞもぞと動く手を叱咤する前に、少年はもう一度わたしに口を寄せた。甘噛みするように下唇を含む。

「んっ、あ、やめ……」
「ううん、やめないなあ。僕はもう待ち疲れた。まひるを十分に堪能することぐらい許されると思うんだけど。ほおら、舌出して?」

ハーブティーになにか盛られていたのだろうか。そう疑っしまうほど、身動きが取れず、わたしの意思関係なしに口が開いていく。

「ああ。これでやあっと、まひるが手に入る。ずっと待ち望んでいたんだよ。だ、か、らーーまひるは僕のためにその身体を傷だらけにして、僕のために生き続けてね」

絡みついた舌。混ざり合った唾液。交わされた視線。わたしの意識はすべて少年の中に引きずり込まれる。逃げられない。そう悟ったのはもう一度目を覚ましたあとだった。


- 2 -

prevnext

tiny,tiny,tiny
ALICE+