忘却の姫子
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ラスナーダ亭 
 ユージンが失踪して一週間。
 隣町に出かける、夕方には帰る──そう言っていたのに。
 ねえユージン、お願いだから帰って来て。

 一ヶ月に一度の双子月が邂逅する、煌々と輝く満月の夜。ミルフィは毎夜泣き暮らし、枕を涙で濡らしていた。
 ルシアスの慰めの言葉もあまり耳に届かない。胸が潰れてしまいそうだった。

 チリン、と軽やかな鈴の音が鳴る。この一週間で聞き慣れた鈴の音色。ソララの首に着けられた鈴の音だった。

「人が失踪するには何かしら理由があるわ、隣町からは事件の報せは一向に入らない。となると──あなたの父親の前の職業から推察すると自ら失踪した可能性もあるわね」

 椅子の上でのんびりと寝そべるソララはそう言う。

「でも、ユージンが私を放ってなんて考えたくない。今はルシアスも居るのに」
「だからよ」
「え?」
「彼にならあなたを任せられる──そう判断したんじゃないかしら?」
「…………」

 ユージンが帰らずに失踪したと判断したその三日後に、ルシアスから、ユージンは昔、とある王家の近衛騎士隊隊長を務めていたと教えられた。そして自分はユージンの元教え子──騎士見習いだったと。


忘却の姫子