忘却の姫子
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ラスナーダ亭 
(ユージン、今どこで何してるの?)

 椅子に座る膝の上で両手を握り、唇を軽く噛みしめる。
 もう何度同じ問いかけをしただろうか。いくら問うても本人には届かない。駐屯警察軍からも良い返事は貰えない。事件の痕跡は全くないため、大掛かりに動くことはないのだ。まんじりともせずに、一週間が経とうとしていた。
 ユージンが失踪しても、ミルフィの周囲ではいつもの時間が動いて過ぎる。それがとても辛かった。ユージンが帰らなくても、毎日お腹は空いて眠気も毎夜訪れる。
 私は生きている。だからユージンも必ずどこかで生きている。そう信じたいのに、気持ちは暗くなった。
 ハウエルや彼の家族が、ミルフィを気遣い頻繁に様子を見に来てくれていた。
 ユージンが失踪してから、ミルフィは学校に休学届けを出していた。

「行ってみない?」

 ソララがふと言った。え? とミルフィは俯けていた顔を彼女に向ける。

「隣町のアスタに」

 ソララはそう続けた。その時、別室にいたルシアスがノックと共にミルフィの部屋に顔を出した。

「仲間の偵察から連絡が入った。アスタのラスナーダ亭。グレン隊長が訪ねた先の酒場の店名がやっと分かった」
「え! 本当に!?」

 ミルフィは思わず立ち上がり、ルシアスに走り寄った。

「はい。しかし──」

 ルシアスは言い淀む。ミルフィは彼をじっと見つめた。彼の青い瞳の僅かな翳りに胸騒ぎを覚える。

「ルシアス?」
「ラスナーダ亭は一年前に潰れたそうです」
「──潰れた? 一年前に!?」
「はい」

 ミルフィは意味が咄嗟には掴めずに、不安げな眼差しを彼に注ぐ。

忘却の姫子