桜の花もすっかり散り、新緑が目に眩しい季節が今年もやってきた。



「中也くんの誕生日を祝って、乾杯!」




ボスが声高らかに葡萄酒の入ったグラスを掲げる。今日は、俺の誕生日だ。
こんな風に部下や上司に囲まれて祝われるのは、何年ぶりだろうか。此処最近はずっと彼奴と4月29日は過ごしていたが、今年はそうもいかない。




「何じゃ、宴にはそぐわぬ陰気臭い顔じゃのう」



口元を押さえながらくつくつと愉快そうに笑う姐さんを思わず睨む。この人は本当にタチが悪い。




「仕方無かろう、なまえとて、好きでこの場に居らぬわけではない」




「、、んなこたぁわかってる」




「今日の主役はお主じゃ。精々愉しまんか」




その言葉に煽られたかのようにグラスに入った酒を飲み干す。こんな上等な葡萄酒を飲めることは滅多にない。ようやくいつものペースで飲みだした俺を見て姐さんが「その調子じゃ」と手を叩く。畜生、こうなったらとことん飲んでやるよ。
その後、誕生日ということもあって俺の元にはどんどん瓶を片手に酒を注ぎにくる奴がやってきた。耳にタコが出来るくらいおめでとうと言われるがちっともめでたくねえ。どんなに多くの人間に祝われても、彼奴1人からのおめでとうに敵うわけがない。次第に度数の高い酒も入り、俺は気づいたら突っ伏して寝ていた。





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どれくらい寝ただろうか。ぼんやりと意識が戻りだし、耳が宴会特有のざわつきを拾い出す。何だ、まだ続いてやがったのか。
酒の回った頭で考えるのは、今は遥か遠く異国の地にいる恋人の事ばかりだ。
数ヶ月前、「もっと外国語の勉強をしたい」と言い出したなまえは、ボスの協力もあり欧州へ行くことになった。昔から語学に長けていた奴で以前から海外に行きたいとぼやいていたが、真逆本当に行くことになろうとはな。
惚れた女が見知らぬ土地へ、何ヶ月も行くことは正直面白くはなかった。だが、好きな事をやろうとしている彼奴を引き止めるほど小さな男でもない。じゃあねと、まるで明日明後日にでも帰って来るかのように言うなまえを見送ることしか俺は出来なかった。
毎日、とまでは行かないがそれなりの頻度でしていた電話も今では一週間に一度するかしないかだ。あまり考えたくはないが、向こうで浮気でもしてるんじゃないかと女々しい事を考える自分に嫌気がさす。







「いやぁ只今戻りましたぁ」





遠くでなまえの腑抜けた声が聞こえる。はっ、等々幻聴まで聞こえるようになったか。こりゃ相当重症だな。
起き上がる気にもなれない俺は、不貞寝を続ける。周りの人間たちがお帰りだの、元気そうで何よりだの言っている。嗚呼、そうかこれは夢か。それにしてはやけに現実味がある嫌味な夢だ。




「息災じゃったか、なまえ。少し雰囲気が変わったのう」




「紅葉さんー!逢いたかったです!はあ、懐かしい匂い、、」




「これこれ、其方が抱きつく相手は他におろう?」




そんなやり取りが聞こえてくる。何つう悪趣味な夢だ。畜生、こんな夢早く覚めちまえばいい。







「もしもーし、起きてますか」




ふわりと懐かしい香りが鼻をくすぐると同時に、久しく電話越しでしか聞いてなかった声が鼓膜を震わす。





「、、、何でいるんだ?」




そんなまさかと思いながらも顔を上げると、其処にはニカリと白い歯を見せて笑うなまえがいた。



「お誕生日お祝いしたくて、帰ってきちゃった。おめでとう、中也」




「、、、いや、は?待て、お前だって、帰って来るなんて一言も言ってなかったよな?」




「そうだね、言ってないね。中也だけに」




「は、?」




状況が飲み込めないでいる俺に、「ボスや紅葉さん、エリスちゃんや芥川、みーんな私が今日帰って来るの知ってたんだよ?」と笑うなまえは、心底楽しそうだが、俺はちっとも笑えねえ。




「本当は中也に真っ先に言いたかったけど、折角なら吃驚させたいなあと思って黙ってたの。ごめんね?」




「手前なぁ、、、」




「ふふ、向こうで中也が好きそうなもの沢山買ってきたんだよ。まず此れ、パリで売ってたボルサリーノの帽子!ね、素敵でしょ?次に葡萄酒。奮発してムートン・ロートシルトなんか買っちゃった。其れから、って、おおい!ここ!公共の場!皆んな見てる!!」




ぎゃあぎゃあ喚くなまえを抑え込む様に抱きしめると、その温かさと柔らかさに幻覚なんかじゃないことが改めてわかった。周りの連中が何か言ってるが知ったこっちゃねえ、こっちはご無沙汰してんだ。




「おい、出るぞ」




「は、何で?まだひぐっちゃんとも話してないし紅葉さんとももう一回ハグしたいし、エリス嬢にお土産の人形渡したいって、こら!下ろしなさい!」




彼是我儘の多い女だ。それにしてもこいつ、少し痩せたか?肩に担いだなまえの腰は心なしか以前より細くなっている様に感じる。まあいい、其れも今からこの目と身体でじっくり確かめてやろう。




「紅葉さーん!笑ってないで助けてくださいよ!」




「諦めるのじゃなまえ。大人しく喰われてこい」




「そ、そんな!紅葉さんは私の味方だと思ってたのに、、」




ぐったりと項垂れるなまえは観念したらしい。
すれ違いざま、姐さんに「程々にな」と忠告されたが、其れは少し難しそうだ。
今日くらいは好きにさせてもらうとしよう、誕生日を口実に。








健やかに愛を確かめあうの





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