お酒の席、というものはあまり好きではない。そもそも酒自体をあまり好んで飲むことがないし何よりあの宴会特有の煩さや雰囲気が苦手だ。
とはいえ、今日はポートマフィアの新入構成員の歓迎会で私も一応主役の一人でもあるから、不参加というわけにもいかない。マフィアでも律儀に新歓なんかするんだなーと意外に思ったが、毎年恒例らしい。
普段は重要案件の会議室として使われる大広間を使っての盛大な歓迎会の華々しさは、とても裏社会を牛耳るマフィアのものとは思えない。
呆れるほど高い天井からぶら下がった煌びやかなシャンデリアをぼうっと眺めていると、不意に上司である紅葉さんに頬を突かれた。




「わっ、私の顔に何かついてましたか?」



「そうでは無い、ただ愛らしい頬をしとるのうと思うて突いただけじゃ」



楽しくないのかえ?と、私の心を見透かしたかのような質問に勢いよく首を横に振る。



「まさか!ただ、お酒の席というものが、あまり得意ではなくて、、、ごめんなさい」



「気にせずともよい。人には得手不得手があるからの。そうじゃ、あれを見てみろ。少しは気が晴れるぞ」



愉快そうに口元を緩ませながらそう言う紅葉さんが指をさす先には、この賑やかな宴会場の中でも取り分け騒がしい集団がいた。あれは、確か中原さんたちの派閥?
あまり関わったことがないが、彼が指揮をとる部隊は血気盛んな人たちが多い印象がある。出来ることなら、あまりお近づきにはなりたくない感じの人が多い。中原さんもその一人だ。
幸いなことに私は紅葉さん直々のご指名で彼女の派閥に配属されたから、今の所彼等とともに仕事をしたことはない。



「そろそろ始まるぞ」



「始まるって、何がですか?」



私がそう尋ねた瞬間、思わず目を疑いたくなる光景が広がった。何と、中原さんが噛みついたのだ。彼の部下の耳に、ガブリと。



「えっ、ええええええ」



「中也はな、酔いがまわるとあの様に噛み癖がでるのじゃ」



「とっ、止めなくていいんですか?!」



「構わぬ。噛むのはどうせ男だけじゃからな」



そういう問題なのだろうか、なんて思っているとまた一人の男性が噛みつかれていた。うわあ、わりとしっかり歯型ついてる、、、。



「なまえ、中也に酌をしてやれ」



「っ?!え、てことは彼処に行ってこいってことですか?!」



「せっかくの機会じゃ、他所の連中とも親睦を深めてこい。なあに、万一にも中也が御主に噛み付くようなことがあれば、金色夜叉で八つ裂きにしてやる」



にっこりと笑っているがとても物騒なことを言う紅葉さんに思わず頬がひきつる。彼女が言うと、冗談に聞こえない。
でも確かに、紅葉さんの言う通りだ。新歓といえど私たちは下っ端。上司にお酌をして回るのは当たり前のことだ。お酒の席が苦手だからって、流石に何もしないのはまずいだろう。



「、、わかりました。行って参ります」



「うむ、並々に注いでやるとよい」




初めて任務に赴いた時より緊張している自分を奮い立たせ、中原さんたちの元に歩み寄る。女性がいない男だけの集まりに入る事がこんなにも苦行だとは知らなかった。




「あ?手前は確か紅葉姐さんのとこの新入りじゃねえか」



「ひっ、、はい、みょうじなまえです」



どうしようもうお酌するの諦めていいかな、なんて思っていた矢先、中原さんに見つかってしまい思わず小さな悲鳴が出た。しかし、やや危なげな足取りで此方に来る中原さんには聞こえてなかったらしい、「なんだぁ?全然飲んでねえじゃねえかぁ」と少し呂律の回ってない舌でそう言いながら麦酒の入ったグラスを渡してきた。あれ可笑しいな私がお酌するはずなのに。



「おら、飲めよ」



「あ、ありがとうございます、、でも私、実を言うとあんまり麦酒飲めないんです」



「あぁ?そんなんじゃこの先やってけねえぞ?」



ヒックと、終いにはしゃっくりが出だした中原さんにすみませんと小さな声で謝る。ひいいいっ。やっぱくるんじゃなかった紅葉さん助けてって、、紅葉さんいないし!
お手洗いにでも行ってしまわれたのだろうか、唯一の拠り所である紅葉さんがいなくなり不安と恐怖のピークに達した時、中原さんは何を思ったのか私の手からグラスを取り上げた。これは、飲まなくてもいいということかな?
どうやらそうらしく、中原さんはとてもいい飲みっぷりでグラスに入ったそれを嚥下していく。
周りの部下の人達が流石っす!と手を叩いているので、一応それに合わせ私も拍手をする。ああもう早く紅葉さん帰ってきてください、切実にそう願った時だった。
空になったグラスを近くのテーブルに置いた中原さんに、頭の後ろに手を添えられ、もう片方の手で腰を引き寄せられる。

何が起きているのか理解が追いつかない私に追い打ちをかけるかのように、中原さんは、ぽかんと開いた私の口に彼のそれを重ねてきた。は?





「〜〜〜〜〜〜〜?!」



キスをされている、ということをようやく理解した私は中原さんの胸板を押し返すが、ガッチリと頭も腰もホールドされてるせいでビクともしない。
ぬるり、と生暖かい何かが侵入してくると同時に口内に広がる麦酒特有の香りと苦味。



「んうっ、」



歯列をなぞったり、私の舌を絡め取ったり、好き勝手する中原さんは一向に離れてくれる気配がない。やだ、やだやだ、なんだこれ、何なんだこれ。
意味がわからなさすぎる状況と苦手なお酒の味、くちゃくちゃと脳内に直接響く厭らしい音、周囲からの好奇の眼差しと野次に思わず目尻に涙が浮かぶ。次第に頭がクラクラしてきて、嗚呼もう限界だと思った瞬間、鋭い一閃が中原さんの頭に直撃した。




「少し目を離した隙に、、、何をしておる貴様は」



「うっ、うわぁぁぁぁあん紅葉さんんんんん!」



先ほどの一撃はどうやら紅葉さんがいつも持ち歩いてる番傘から放たれたらしい。床に倒れたきり動かない中原さんの頭をグリグリと踏みつける紅葉さんに思わず抱きついた。




「嗚呼なまえよ、すまん事をしたなあ。よもやこんな事になろうとは」



「うっ、ヒック、こ、怖かったです、、」




「ようし少し下がっとれ。今このうつけを八つ裂きにするでな」



ゆらりと紅葉さんから殺気が立ちのぼるのがハッキリとわかった。流石にやばいと感じたのか、周りの野次馬たちが止めに入る。自分の命に危機が迫っているというのに中原さんは相変わらず床に伏したままで、私はと言うと情けなく子供みたいに泣きじゃくるばかりだ。

こうして、私の宴会嫌いに拍車がかかったことは言うまでもないし、その翌日、異能を使ってるのかと疑いたくなるくらい深々と地面に頭をつけ、土下座をしてきた中原さんのことは許してあげることにしたけど、彼とは一生飲まないことを強く誓った。






酒はほろ酔い
花は蕾



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