口から生まれてきたのではないかと疑われるほど私はよく喋る。今日も一応上司である中也さんに半ば強制的に悩み相談室を開いてもらっているが、喋っているのは9割私だ。
その相談内容というのは、仕事のことなんかじゃない、私の一途な片思いについてだ。この事を相談してるのは中也さんだけになる。他の人には恥ずかしくて言えてない。
中也さんの片手にはウヰスキーの入ったグラス、私の片手にはすっかり泡の消えたぬるい麦酒の注がれたジョッキが握られている。



「本当に私如何すれば良いんですかね中也さん、このままだと仕事に支障が出そうなんですけど」



「だから、とっとと告白しろって言ってるじゃねえか」



「はーもうわかってませんね、それが出来たら中也さんに態々恋愛相談なんかしてませんよ。したくても出来ないからこうして相談してるんです。私の上司ならちゃんとした助言の1つや2つしてくださいよ」



ピキリと中也さんのこめかみに青筋が浮かぶがそんなこと如何でも良い。私は今、自分自身の恋心で身体まで焦がれてしまいかねない由々しき状態なのだ。



「大体手前、俺や梶井の前ではベラベラ喋るくせに芥川の前だと何であんなに無口になるんだよ」



「わああああやめてくださいよ急に芥川くんの名前出すの!心臓に悪いじゃないですか!もう!こちとら名前聞いただけで動悸が激しくなるんですから!第一芥川くんの前でなんか喋れるわけないですよ、私なんかと同じ空気吸わせるわけにはいかないじゃないですか。それに私芥川くんが半径10米以内に入ると最低限の呼吸と瞬きしか出来なくなるんですよ」



「其れはもう恋なんて可愛いもんじゃねえよ、病気だ」



些か引き気味の中也さんはきっと本気の恋愛をしたことがないんだろう。私だって今までこんな経験したことがなかった、彼に出会うまでは。芥川くんに出会う前にも、何度か良いなと思う人がいたし、お付き合いもしたことはある。だけど、違うんだ。芥川くんのことを考えるだけで胸が熱くなり泣きそうになる。あ、今も泣きそう。
そんなセンチメンタル爆発寸前の私を他所に中也さんはさっきから何やら携帯を片手に忙しなく指を動かしている。くそう私の話そっちのけで誰かとメールでもしてるのか。ただでさえセンシティブになってる私の心は傷ついたぞ。



「もうこの際病気でも何でもいいです、、はあ、なんで私中也さんの部下なんですかね。どうせ配属されるなら芥川くんのとこが良かったです、、。切実に樋口と入れ替わりたい」



「ボスに直談判しにいきゃいいじゃねえか。俺もお前みてえな面倒くせえ部下ごめんだ」



「え、それは駄目ですよ。公私混同はしない主義なんで。自分の恋愛事情を仕事に持ち込むなんて社会人失格じゃないですか」



「、、なんで変なとこで真面目なんだよ」



「一応、今も昔もプロなんで」



そう、私がマフィアに入ったのはほんの半年前に遡る。以前はフリーの暗殺者として細々と暮らしていたのだが、ある日任務から帰っているところを、ボスに勧誘された。最初は全然気乗りしなかったが、余りにも熱烈なスカウトだったのでじゃあ一度試しに職場見学させてくださいよと冗談半分で言ったら、あっさり了承が出た。おいおいマフィアがそんな簡単に外部の人間を入れていいのかよと思いながらも、のこのこと私は泣く子も黙るポートマフィアのアジトに興味本位で乗り込んだ。そして、
その時出会ってしまったのだ、彼、芥川龍之介と。一目見た瞬間、ああ私はこの人と出会う為に生まれたんだ、なんて映画や小説に出てくる陳腐な台詞みたいなことを思ってしまった。少しでも彼に近づきたいと思った私はボスへの態度を180度かえ、この身が果てるまで身を粉にして働きますと宣言し、晴れてマフィアの仲間入りを果たした。
しかし、哀しいかな、私はこのミニマム幹部である中原中也さんのもとに配属されてしまったのだ。嗚呼神様とやらがいるのなら御恨み申し上げます、何故私を芥川くんの元に置いてくれなかったのですか。



「、、、マフィアって人事異動とかあるんですか?」



「ないに決まってるだろ宮仕えでも有るまいし」



その言葉にがっくり肩を落とす私に中也さんは「いい加減帰るぞ」とこれまた思い遣りの欠片も感じないことを言う。畜生、いいもん、帰ったら一人で自棄酒するもん。

少しふらつく足取りで店を出ると、喉に刺さりそうなくらい細い三日月が夜空の天辺で力なく輝いていた。ああ今頃芥川くんもこの月を見てるのかな、そうだといいな。




「中也さん、月が綺麗ですね」



「あ?そういうのは他に言うべき奴がいるだろうが」



「、、そうですね、私としたことが。芥川くーん、月が綺麗だよー」



届くはずもない私の遠回しなアイラブユーは、夜空に吸い込まれていった。

はずだった。





「だとよ、芥川」


「やだなあ中也さん。揶揄わないでくださいよ、芥川くんがここにいるわけないじゃないですか」


「如何だかな、振り返ってみろよ」



「またまた御冗談を、」



中也さんは嘘が下手な人だなあなんて内心小馬鹿にしながら言われた通り身体を後ろに向け、私は言葉を失った。


其処には、それはそれはとっても不機嫌そうなお顔をした芥川くんが立っていた。





「な、なななななんで」


「俺が呼んだ」


「えっ、はっ、呼んだ?」


「手前がグチグチ言ってる時にメールしといたんだよ。じゃあ、あとは頼んだぞ芥川。俺は帰って寝る」



酸欠の魚のようにパクパクと口を開ける私をほっといて、タクシーを拾い帰って行った中也さんのおかげと言うべきかはたまた中也さんのせいと言うべきか、私は芥川くんと二人きりになった。新手の処刑かなこれは。



「、、、」



「、、、えっと、芥川くん、さっきの言葉は無視していいよというか忘れてくださいお願いします」



沈黙に耐えれなくなり光の速さで頭を下げそう懇願するが、芥川くんはうんともすんとも言わない。こ、これは一体いつ頭をあげるべきなんだろう。






「、、、月が綺麗だな」



「、、、え?」



思わず顔を上げ、芥川くんを凝視してしまった。いま、私の聞き間違いでなければ、月が綺麗って、言った?そんなまさか、いくら何でも都合の良すぎる幻聴だ。ていうかこの芥川くんも実は幻なんじゃない?誰かが異能でいない筈の芥川くんを投影してるとか。ほら確か探偵社の垂れ目の萌え袖男子がそういう異能持ってたよね何だっけ粉雪か吹雪かなんかそういう名前の。
なんてくだらない事を考えていると芥川くんがコツコツと美しい足音を立て此方に近づいてきた。腕を伸ばせば簡単に触れられてしまう距離に芥川くんがいる、未だに信じられない状況だ。



「僕がなぜ此処に居るのか、知りたいか」



「っ、はい、」



「貴様に苦言を呈しにきた」



「?!なっ、なんでしょう」



やっぱあれかな、芥川くんのことを10米以上離れたところからコソコソとガン見してたことが暴露たのかな?それとも勝手に撮った芥川くんの写真を手帳に入れてたり家に飾ってたりするのがまずかったかな?他にも思い当たる節がありすぎて冷や汗が止まらない。



「先ず、その態度だ」



「はい、、、」



「他の輩の前ではべらべらと饒舌なくせに、僕がいると押し黙る事が気に食わぬ」



「、、、?はい」



「そして中也さんへの態度だ。幾ら上司と部下という関係と雖も親密過ぎる、もう少し距離を保て」



「、、、?」



いよいよ頭が追いつかなくなり返事すら出来なくなった私に芥川くんが「わかったら返答しろ」と言うものだからつい勢いで「はい!」と敬礼付きで答えてしまった。すると今まで見たことない、少し満足げなお顔でふんと鼻を鳴らす芥川くん。え、なんだこの状況。



「わかったならいい。それから不用意に僕以外の人間に笑いかけるのも禁ずるいいな」



「は、はい!」



苦言を呈しにきたはずの芥川くんから出てくる言葉に、さっきから頭の中にビッシリと疑問符が詰まりっぱなしだが、とりあえず頷き続ける。まるで恋人に妬いてる人が言いそうなことばかりだ。いや、そんなまさか。



「最後に、此れからは僕を見たければ半径約1米以内に来い」





伴侶なのだからと、さらりと付け加えられた言葉に眩暈がしたと同時にぽろりと落ちる涙。嗚呼神様とやらがいるのならば感謝申し上げます、どうやらわたくし、この度めでたく両思いだそうです。







キューピッドが
笑ってる






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