※烏兎匆匆12話の中原視点の話です






すやすやと、規則正しい静かな吐息が隣から聞こえてくる。寝ているはずなのに握られた手の力が弱まることはなく、触れあう部分がじわりじわりと熱を持ち始めた。
伏せられた瞼を縁取るまつ毛の長さがハッキリとわかる距離ですっかり眠りについたみょうじは、無防備にも程がある。此奴の他人を疑わない人柄は長所でもあるが弱点にもなり得る。 もう少し他人に、というよりは男に対し警戒心というものを抱くべきでこんな状況で何かされても、文句は言えないと言ってやりたい。
とは言ったものの俺を信頼してくれてるからこそ、みょうじは此処で眠っているわけだからその期待を踏みにじるようなことはしない。だが、寝顔を見れば見る程心の奥底から湧き上がる独占欲を感じずにはいられなかった。

陽の当たる場所、戦闘も銃撃も血生臭さもない表の世界こそが、彼女に相応しいと思う反面それが歯痒くも感じる。俺の知らない場所で、此奴が何処の馬の骨とも知らない野郎と仕事とはいえ話していたりすることを想像するだけで不愉快だ。みょうじは華があるわけではない、しかし稀に見る品の良さを感じさせる女だと思う。自分の手が届く場所に置いておきたい、あわよくば自分だけのものにしたい、そう思わせる何かが此奴にはある。





「、、中原さん」



「っ、なんだ、、?」



もしも、このまま此処に閉じ込めることが出来たら、或いはマフィアの本拠地で軟禁することが出来たら、なんて考えが思わずよぎった時、不意に名前を呼ばれ心臓が小さく跳ねた。しかし、それきり何も喋らないということは、唯の寝言か。

何も塗ってない筈の肌は、驚くほど白くきめ細やかで普段から化粧なんてしなくてもいいのではと思ってしまうほどだ。するりと、つい出来心でその頬を撫でればその柔らかさと滑らかさに自分の中の性がふつふつと膨れ上がる。おまけに普段より近い距離にいる上に、風呂上がりのみょうじからは爽やかなのにどこか甘ったるい匂いがした。理性が崩れるには、十分すぎる状況だ。




「、、、クソッ」




他人の気も知らないで呑気に寝ているみょうじに対して、そんな此奴を見てつい良からぬ事を考えてしまう自分自身へついた悪態は夜の静寂に融けていった。このままだと、本当に手を出しかねない。もしもそうなったら、自分自身に歯止めをかけることは不可能だろう。早いとこ、みょうじをベッドに運んで俺もソファで寝たほうが互いのためになる。
そう思い、繋がれた手を解こうとするがこれが中々離れない。否、無理矢理離そうと思えば出来なくもないが、それを惜しいと思ってしまう自分がいるから解けないでいた。
気持ちよさそうに寝ているみょうじを起こさぬよう手を繋いだままそっと抱きかかえ寝室に向かう。それにしても軽いな此奴、ちゃんと飯食ってんのか。
当たり前のことだが、普段は俺しか使わないベッドの上にみょうじをのせ、自分もその隣に行く。真逆、初めて部屋に入れおまけにベッドにあげた女が、恋人でもない奴になろうとは考えもしなかった。今までそういう関係になった女がいないわけでもない、しかし自分の領域に簡単に足を踏み入れさせたくなかったし後々面倒になるのを避けるために家に招き入れたことは一度もない。
自分が一般人の女にここまで絆されることになろうとは、ほんの数ヶ月前までは想像もしてなかった。みょうじなまえという女は驚くほど短期間で俺の心に住み込み、かつて出会ってきたどの人間よりも大きな存在になっていた。





「、、悪いが、これくらい許してくれよな」




どんな夢を見てるのか知らないが、やけに幸せそうな顔をして眠るみょうじの耳に、そっと唇を落とす。本当は、もっと重ねたい場所があるが今はこれで我慢だ。
暫くは眠れるはずもなかったが、繋がれた手から伝わる温もりとすぐ側に感じる体温に、心地よさと僅かばかりの背徳感を感じながら瞼を閉じた。

季節外れの嵐は、まだ去りそうにない。









五月蝿いくらいの
愛が聞こえそうだ



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