魔神が生まれた日

 7年前、皇暦2010年8月10日。日本に眠る地下資源、サクラダイトを巡り、超帝国ブリタニアが宣戦布告した。響く銃声。大切な者を失った誰かの慟哭。恐怖にのまれた叫び声。捕虜、惨殺、人々の平穏は脅かされ、美しかった緑の大地は一瞬きの内に赤へと染められた。技術力も格段に違う相手を前に、まるで赤子のように捻り潰される。成すすべもないままブリタニアの属領へと下った日本は、エリア11という記号にその名を奪われた。
 燃え落ちる本殿。今でも忘れられない、私を庇い冷たくなった両親の姿を。下卑た笑みでこちらを見るブリタニア軍の兵士達を。
(次に会う時まで、絶対に忘れないでよ)
 生きる力をくれた、貴女の綺麗な微笑みを。
(あっと驚くような、素敵な女性になってやるんだから!)
 ぶっきらぼうでも優しく私を呼んでくれた、貴方の声を。
(だから、だからね、その時は私を……)
 私は永遠に、忘れることはない。


 ブリタニアに支配された後の日本は、ブリタニア人が住む租界と、日本人(エリア11に因んでイレヴンと呼ばれている)が住むゲットーに区分された。整備され、戦後の面影がすっかり消えた租界に比べて、ゲットーは未だ傷跡が残り続けている。傾いた廃ビルや瓦礫で溢れ、ろくな商売も成り立たない。安全や明日が保証されない環境で、日本人は生活を強いられているのだ。
 トウキョウ租界。嘗ての東京中心部。オフィスビルが建ち並び、ショッピングモール等の買い物施設も充実しているそこは、平日と言えどお昼時は人が増える。と言うよりも、先日大阪で起きた爆弾テロの犠牲者を悼み、黙祷を捧げる人で溢れていた。
 死んだ人間のことなんてどうとも思ってない奴等が、形だけこんなことしたって無駄なのに。
 高速道路に面したビル内のレストランで、私はボーッと外を眺めていた。一面灰色の世界。何も面白くなんてない。

「ミカゲ、聞いてる?」
『……聞いてますよ』

 ほぼほぼ右から左ですけどね。
 顔を戻し、適当な笑顔で正面の男をあしらう。いつの間にか意味の無い黙祷は終わっていたようだ。
 私の返事に気を良くした彼は、いつものように訊きもしないのにペラペラと自分のことを話し続けた。貴族は自尊心の塊が多いから仕方が無い。すっっっごい疲れるけど大人しく聞いていた方が波風立たないし。こういうタイプは適度に煽てていれば結構チョロいものだ。
 そうして暫く実りの無い会話を続けていた最中のことだった。

「何だアレ、警察までついてるぞ」

 近くにいた他の客が何かに気付いてそう呟いた。

「警察?」
『何かあったんでしょうか』

 大阪爆弾テロがあったから、巡視でもしているのだろうか。
 声に釣られて、2人ともその人の視線の先へと目を向ける。少し距離はあるが、大型トラックが高速道路を猛スピードで走って来る光景が飛び込んだ。チキンレースの真っ最中だろうか。その後ろを警察航空機が引っ付いて飛んでいる。よく見たらトラックの前をゆっくりとサイドバイクが走っていて、クラクションを鳴らされていた。
 あちゃ〜〜巻き込まれちゃってお気の毒様。
 完全に他人事で眺める。実際結構他人事だし。特にバイクについては。文句や不満を言うだけでなく、意思を示し、行動に起こせるのは立派なことだと思う。でも力が足りなければ、何の足掻きにもなりはしないんだ。
 ――そう、変えれるだけの力がなければ。
(……見付けた)
 嘘、今の――!?
 思わず勢いよく立ち上がる。テーブルに載った食器がぶつかり合って音をたてた。
 聞き間違う筈のない、大切な貴女の声だ。どうして、何でこんなところで。聞こえた、というより、頭に響いたという表現の方が正しいのかもしれない。キョロキョロと周りを見回すが、彼女の姿はどこにも無かった。
 だとすると、今ここにあるイレギュラー。
 頭の中で答えが出るや否や、私の足は勝手に走り出していた。

「お、おい、ミカゲ!? どうしたんだよ!」

 貴方に構ってる暇はないの!
 心中そう叫びながら、階段を駆け降りる。擦れ違う人皆が何事かと私を振り返っていたが、そんなことは気にしていられない。自分自身何事が起きたのか正直なところ理解出来てないんです。ギリギリで引っ掴んでいた鞄の中から帽子を取り出して目深に被り、後ろ髪を押し込む。ついでにジャケットも出して羽織った。
 息を切らしながら1階まで下りて外に出る。刹那、轟音が響いた。もくもくと砂煙があがる。見れば、長いこと建設途中のままになっているビルに先のトラックが突っ込んでいた。フェンスを挟んだ向こう側だ。

(見付けた)
『!』

 先程よりもはっきりとした音で、再び声がする。間違いない、やはりあのトラックだ。
 目を閉じて開いて、深呼吸をする。
 幸いフェンスはそこまでの高さはなく、難無く乗り越えることが出来た。トタンはひしゃげ、立てかけられていた鉄骨は倒れている。
 大事故に反応して野次馬がわらわらと集まってきた。チラリと振り向くと、誰もが安全な場所で他人事のように写真や動画を撮っていた。映りこまないように極力ビルに近付いて走る。別にそれが悪いとは言わない。さっきの私がまさに彼等だったし。
 そうよね、だって自分に関係無いもの。

「うひゃ〜悲惨」
「おい、誰か助けに行ってやれよ」

 そんな言葉を背にトラックに辿り着いた。突っ込んだ衝撃で荷台のハッチが開いているようだ。
 この中に、いる。ゴクリと唾を飲む。
 荷台の左側についている梯子を上り、中へと入った。



 

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