魔神が生まれた日

『ねぇ、いるんでしょ?』

 シンとした暗闇に少しだけ怖くなって、呟くように問いかける。返事は無い。
 妙だ、人の気配がしない。まさか今の衝撃で気絶をしているなんてこと、ううん彼女に限って無さそうだけれど。
 幅を取っている置物のような謎の機械装置の周りを一応確認してみるが、やはり誰もいなかった。とすると残るはこの中――。

「おい、聞こえるか!」

 ビクッと肩が跳ねた。
 外から誰かが叫んでいる。救助隊が到着したのだろうか。その声は次第に近くなっていき、ついにその主がハッチから顔を覗かせた。
 反射的に陰の中に隠れ上を見る。残念ながら、逆光で誰かまでは判断出来なかった。
(見付けた……私の)
 っ、また声が聞こえた! さっきよりもずっと近い。
 そちらに意識を持っていかれ、私は今いる場所が何処なのかを完全に忘れていた。

『C.C.……』
「誰かそこにいるのか?」

 まさか今の呟き聞き取ったの。
 悪いことなんてしていないけれど、変にバレるより逃れるべきだ。そう瞬きをしようとした、その時だった。
 タイヤが擦れる音が耳を劈く。トラックが急発進をして動き出したのだ。それに関して油断していた私の身体は容易にバランスを崩して倒れ込んだ。

『う、あ゛っ!』
「おわ……だっ!」

 〜〜〜〜!!
 痛い。物凄く痛い以外の何ものでもない頭が割れそうだ。ガツンなんて漫画みたいな効果音もしたしもう割れてんじゃないのこれ。
 勢いよく頭に何かが激突した衝撃でゴロゴロと転がる。多分無様な光景だ。
 薄ぼんやりしている中、体にのしかかる重さと熱で、救助に来ていた人が落ちてきたのだろうと理解出来た。証拠に呻き声が上から聞こえる。
 人を助けに来といて何て様なの。段々とイラついてきて、殴るのひとつでもしてやろうかと目を開け――ひゅっと息を飲んだ。
 なんでここに、貴方まで。
 ハッチが閉じてしまい殆ど見えなくなってしまったが、目の前で未だに目を閉じて痛みに耐えるその人は、間違いなくよく知る人物だった。私の顔にかかる、流れるような黒い髪。アッシュフォード学園の男子制服。こんなにも驚いているのは、額が触れる程に近いからとか、同じクラスだからとか、それだけではなかった。

『ル……』

 嗚呼どうしよう。何でこんなところで会ってしまったのか。
 パチリと彼の目が開き、アメジストの瞳が私を捉える。端麗な顔立ちをこんなにも近くで見つめたのは、もう何年も昔のこと。
 目が合う。たったそれだけなのに、こんなにも胸が張り裂けそうだ。こんなにも、泣いてしまいそうだ。

「わ、悪い、大丈夫か? ……あれ、お前は」

 次第に不思議そうな声になる彼に、ハッとする。押し倒すような今の体勢に体が震え、彼を思い切り押し退けた。情けない声が聞こえたが気にしてなんていられない。転がったせいで落ちてしまった帽子を素早く被りなおした。一瞬だったし、暗さで相手もそこまでよく見えていないと思いたい。
 色んな意味で心臓がバクバクと音を鳴らし、じわりと冷や汗が浮かんできた。落ち着け、大丈夫。
 体勢が体勢だったから、彼も力一杯どかされたことに文句は言わないみたい。代わりに聞こえたのは、疑いだった。
 鋭い視線が私を射抜く。

「……お前も仲間なのか」
『違う。私はただ……そうね、貴方と同じようなもの』
「ずっとこの車を見ていたが、誰かが近付くところなんか見なかったぞ。周りの反応だってそうだった」
『……貴方には関係の無いことだ』
「関係無い? この状態でよくそんなことを言えるな」

 うっ、痛いところを突かれた気分だ。やはり口では勝てそうにない。
 車が何処を走っているのか分からない。もし私が運転席にいる人達の仲間ならば、力尽くで放り出されるかもしれない。下手をしたら、口封じのために命さえも。
 そう考えれば確かに関係無いとは一概に言えないけれど、間違ったことは言っていない。事実じゃないか。
 沈黙が流れる。
 久し振りの会話がこんな素っ気ないものだなんて。少しだけ落ち込み、彼に背を向けた。

「警告する!」
「!」
「今ならば、弁護人をつけることが可能である。直ちに停車せよ!」

 外からそう聞こえたすぐ後、車が右へ左へと大きく揺れ、後ろの方から地面に何かが当たる音がした。

『今の……銃撃? 嘘でしょ、まさか軍が動いてる?』
「だとしたら下手に出るのは危ないな、なんかやばそうだし、携帯で、っ!」

 彼が携帯を取り出す間もなく、荷台と運転席を繋いでいる扉が開いた。慌てて2人で機械装置の陰に隠れて様子を伺う。
 前を通り過ぎたのは、赤い髪をした同い歳くらいの女の子だった。前髪を真ん中でわけて横に垂らし、後ろは無造作に跳ねている。彼女は着ていた薄水色のコートを脱ぎ捨て、何か話しながら姿を消した。「アザブルートから地下鉄に入れる」「それじゃあ虐殺だ」後半は何だか穏やかじゃない。
 しかし、何となく見覚えがある。あのくらいの赤い髪を身近で見たことがあるような気がする。誰だったかしら? 小首を傾げていると、今度はリヤドアが開いて、ナイトメアが飛び出していった。おいおい暗くて分からなかったけれど、そんなものがあったのか。
 って、ちょっと待て!

「クソッ、なんだ今のは! 本物のテロリストじゃないか!」
『ちょっと、危ないでしょ何やってるの!?』

 制服の後ろを掴んで、ドアに近付く背中を引き止める。すぐに閉まったから良かったものの、もし落ちていたらどうするつもりだったんだ。
 ああもう止めてよ、心臓に悪い。
 息を吐く。振り返った彼は目を見開いてこちらを見ていた。

「どういうつもりだ。お前、本当に仲間じゃないのか」

 そうね、貴方は昔からそうだった。
 最早面倒になって、肩を竦めながら答えを返した。

『ハァ……仲間相手に隠れたりしない』
「……そのようだな。疑って悪かった」
『えっ?』
「さっきからずっと泣きそうな顔をしている。気付いてないのか?」

 そんな馬鹿な。
 生きていることはずっと知っていた。それなりに元気にしていることも。ずっと見ていたから。
 ルルーシュ。貴方とは二度と交わることはないと思っていたのだ。これまでも、この先も。どんな顔で話せばいいのかさえも、もう分からなくなっていたのだ。
 ただほんの少し言葉を交わしただけなのに。否違う、交わしてしまったから。
 仕方無いな、と笑って頷いてくれた貴方との約束を、私はもう果たすことが出来ないのに。
 これ以上余計なことは喋るまいと、キュッと唇を結び機械装置の傍に座り込んだ。
 

 

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