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久しぶりに見た長い夢だった。
はた、と目を開ければ、あたりはもう暗くなっていた。ベッドから起き上がって、やっと自分は今保健室にいるのだということを知る。

自分のお腹あたりに頭を預けてスヤスヤと眠って居る我が親友の愛美がいる。
ひょっとして、あの殴られた時からずっと私を診てくれていたのだろうか?


「...ありがと、愛美」


壁にかかっている時計を見ると、もうそろそろ生徒は全員学校から出ないといけない時間で。まぁそれでもE組に取ってはそんなの関係ないんだけど。
訓練の時間が始まる頃なんじゃないかと布団から体を出すためにそっと脚を動かしていると、不意に開かれた扉。


「...起きたのか、新稲」


びっくりしたようにこっちを見るのは寺坂くん。と、莉桜と原ちゃん。

寺坂くんの手には私の鞄があり、持ってきてくれたのだろうことを察する。


「サチ!!心配したんだかんね!?」
「大丈夫?もう痛くない?」


莉桜と原ちゃんが寺坂くんを押しのけて保健室に入ってくる。
そっと私の頬に手を触れた原ちゃんの手に自分の手も合わせて、こくりと頷けば二人は明らさまに安心したようにホッと息を吐いた。


「...ん...」


その二人の声に起きたのか、愛美が眠そうに目をゴシゴシと擦った後、慌てながら私の顔を見上げる愛美に笑いながら、おはようと言う。


「...サチちゃん...!!」


愛美はそのもともと大きい目を更に開いて、いっぱいの涙をためて私の手をぎゅっと握った。

「よかった...よかったです...サチちゃん...!!」


そんな大げさな。
そうは思っても、心配させてしまった身だし、何よりもこんなに気にかけてくれる人がいたことに私は嬉しくて、ごめんねと一言彼女に告げる。
愛美は何も言わずに、涙を自分で拭ってただ首を横に振るだけだった。


「...ほら、鞄」
「あ、あんたまだいたの寺坂」
「あ?お前が持ってこいっていったんだろーが」


そういえばずっと扉に寄りかかっていたね、寺坂くん。
彼は私の、教科書以外に分厚い専門書が入っている重い鞄をいとも簡単に片手で持ち上げて私のベットに置く。
莉桜の悪態を右から左に流しながらじっと私を見つめる寺坂くん。


「ん?」
「...いや、痛々しいな、その顔」


そう言われて苦笑を浮かべる。
あの時、どうしてあんなバカなことをしたんだろうと思った。

いてもたってもいられないぐらいカッときたのだ。
あんな身勝手な人間が、父親だなんて言葉を使うなと。
ただその感情だけが自分を支配していた。


「なんであんな無茶なことしたんだよ、お前」
「...わかんない。感情のままに動いちゃった」


笑いながらそういえば、目の前にいる女の子三人はまた痛々しそうな、苦渋に満ちた表情を見せる。


「心配してくれてたの?」
「...まぁ」


寺坂くんはそう言うと頬を右手でぽりぽりと掻いて、私の視線から目をそらした。

私がふざけて、なんで視線そらすの?と聞けば、いち早く明るい元の自分に戻ってくれた莉桜が寺坂くんの脇を左肘でつつきながら彼を茶化す。


「寺坂あんなに心配してたくせに〜」
「え、そうなの?」
「そうそう。寺坂くん、ずっとサチの名前呼んでたんだから」
「へぇ〜?」
「あ!?」
「みなさん、とても心配してましたよ」
「...ちゃんとお礼言わないとだね」


寺坂くんや、愛美、莉桜、原ちゃんだけじゃなくクラスのみんな、また烏間先生に殺せんせーも心配していたと聞いて、なんだか嬉しいような、申し訳ないようなそんな気持ちになった。


「あ、そうそう、今からクラスみんなで街に行くんだよ。サチも大丈夫そうなら行かない?」
「え、そうなの?行こうかな〜」
「行こう行こう!!殺せんせーも今くると思うし」


あの後、授業はどうなったのか気になるところでもあるし、それを聞きがてら行くというのも手だなーと思いながらベットから起き上がろうと、床に放り出した足に力を入れる。
殴られた衝撃がまだあるのか、足に力が入らなくてぐらりと身体が揺れる。


「サチ!!」
「サチちゃん!!」
「サチ、だいじょ...!!」


三人の声が聞こえる。
倒れる、と目をぎゅっときつく瞑れば、ふわりと右腕をとられる感触。

ゆっくり目を開けば、寺坂くんが私の右腕をしっかりと掴んでくれたおかげで、倒れずに済んだ。
ありがとうと顔を見上げれば、思いの外近かった彼の顔に思わず、目を見開く。


「...あり、がと...」
「...おう」


少し顔を赤らめながらまた私の目をそらす寺坂くんに、私も周りを見渡せば莉桜と原ちゃんがニヤニヤしながらこっちを見ていて、愛美は顔をこれでもかといくらい真っ赤にさせていた。

そんな時、ガタ、という音が聞こえて。

なんだろうとみんなで扉の方を見ると、少し空いているその扉の隙間から、クラスみんなの目や制服の端などが見えた。

あと、触手。


「...何やってるのかな?」


私の冷ややかな声が辺りを静かにさせた。



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