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「...原ちゃん、大丈夫?」
「うん、今のところは...」


がくがくと震えながら木の枝につかまっている原ちゃん。
私はそれを、枝の根元の方に体重をかけながらなんとか原ちゃんを落とすまいと心がける。

先生も焦っていたのだろう、原ちゃんと私を同時に同じところに乗せてしまったのは痛恨のミスだった。
私はふーと息をついて、眼下で繰り広げられている触手の攻防戦を見やる。

ちらりと向かいの岩場に集まっている全員の方を見れば、いつの間にかやってきたのかカルマくんがそこにはいた。寺坂くんも、顔をすこし腫らして現れた。

何を話しているのだろう。ところどころ聞こえる前原くんの叫び声でしか内容は分からないけれど、あの出来事はあの二人に操られてやったことらしい。


「(よかった...)」


本当に寺坂くんが私たちを危険な目に遭わせたくて起こしたことじゃなかった。


それを聞けただけで、少し安心した。




「思いついた!!原さんと新稲ちゃんは助けずにほっとこう!!」




だけど不意に聞こえたカルマくんのその声に安心なんてどこかに行ってしまった。


「原が一番あぶねーだろうが!!ふとましいから身動き取れねーし、ヘヴィーだから枝も折れそうだ!!新稲も運動音痴だからあの場から一歩も動けてねーぞ!!」
「「寺坂くん殺す」」


その叫び声聞こえてるから、寺坂くん。私と原ちゃんは声を揃えて一言言った。
ちょうど下にいる村松くんと吉田くんには聞こえていたのだろうか、プハッと笑い声が聞こえた。

寺坂くんがカルマくんから何かの指示でも受けたのか、服を脱いで下に降りてイトナくんに挑発している姿が観れる。
あらやだ、いい腹筋と一言漏らせばまたもや下から笑い声が聞こえた。



「新稲ちゃん!」
「何、カルマくん!」


私の顔をじっと見ながら、それでもはっきりとした声で聞こえるように私の名前を呼ぶカルマくんに返事をする。


「俺が指示をした。新稲ちゃんなら、これから何をするのかわかるよね」


疑問符のない断言した言葉だ。
それでも、指揮官としてのその目は、はっきりと何が言いたいのかがわかった。
カルマくんよりも上の位置に座っている私なら、より戦況やその状況が一つ一つ分かるはずだ。

こくりと首を一つ縦に振れば、カルマくんがわかっているならいいんだとニヤリと笑みを浮かべた。



「イトナ!!テメェ俺とタイマンはれや!!」


そう叫ぶ寺坂くんのお腹の元へ、イトナくんの強力な触手が打ち込まれた。

見てるこっちからでもわかる。あれは絶対痛いはずだ。
それでも、なんとか食らいついた寺坂くんを見て、イトナくんが急にくしゃみが止まらなくなったのを見て、私はとっさに原ちゃんのいる枝を力ある限り揺らして、殺せんせーのいるところへと落とす。


「ナイスです、新稲さん」


殺せんせーのにやけ顏がこっちを向く。

すぐにまたカルマくんを見れば、彼は片手を上に上げてクラスのみんなに合図を出していた。私たちのいるところへと散らばって配置するみんなを見て、何をすればいいのかを瞬時に把握する。

こくりと首を縦に振って、カルマくんがそれを見たのを確認した。


「吉田、村松!!お前らは飛び降りれんだろそこから!!」
「はぁ!?」



寺坂くんの声に下にいる二人が返事をした。


「水だよ水!!デケーの頼むぜ!!」


その声に、二人も何をすればいいのか気づいたのか、しょうがねーなーと笑みを一つこぼす。

そして同時に、私がカルマくんに右手を上げて、カルマくんも右手を上げて、同時にその手を握りしめて親指だけを突き出す。


「...今だ」


小さく呟いたその声が聞こえたかは分からないけれど、私とカルマくんの親指が、同時に地面へと突き下されたと同時に上がる大量の水しぶき。


「だいぶ水吸っちゃったね、殺せんせーと同じ水を。あんたらのハンデが少なくなった。で、どーすんの?俺らも賞金持ってかれんの嫌だし、そもそもあんたの作戦で死にかけてるし」


カルマくんは岩場にしゃがみ込み、イトナくんを見下ろしながら淡々と言葉を紡ぐ。


「まだ続けるならこっちも全力で水遊びさせてもらうけど?」


みんなの手にはそれぞれバケツやらビニール袋がある。
これだけ見れば圧倒的戦力の差でこっちが勝つだろう。



イトナくんたちもそれを察したのか、踵を返してこの場を立ち去った。


ふーとホッとするのも束の間。


無事に地面に足をつけることができた原ちゃんが寺坂くんに先ほど言われていたことに対して抗議をしている。


「言い訳無用!!それに、サチのことも運動音痴とか言ってたわね!!」
「あ、そうだそうだ。サチーーー早くこっちに降りておいでー」


莉桜がこちらを見上げながら声を上げる。
そうしたいのは山々なんだけど、運動音痴という言葉がその通り過ぎて。


「足動かない〜」
「はぁ?ただそこから飛び降りればいいだけだって〜」
「怖い怖い、無理無理」
「何を今更女の子ぶってんだ」


そういったのは寺坂くん。
そして同時に寺坂くんの頭を叩く女の子たち数名。


「寺坂がそこに立つから、思い切っておりてきなよサチ〜」
「は!?」


寺坂くんを木の下に無理やり立たせて、降りろという莉桜。
いやいや、寺坂くんに申し訳ないから。
そういってもいいから早く降りてこいと言ってくるだけで、こっちをニヤニヤしてみてくる殺せんせーやクラスのみんなの視線がいたたまれなくて、私は意を決した。


「重かったら落としていいから、寺坂くん」
「いいから早く降りてこい」


寺坂くんは呆れながらもこっちを見上げて、両腕を前に突き出していた。
目をつむって、木の枝から力を抜いて下に降りる。
少しだけの浮遊感をまとって、次に目を開けたら目の前には彼の立派な胸板が広がっていた。




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