1

ということで何故か肝試しをすることになった。
殺せんせーがお化け役になって、私たちは暗殺をしながらそれを行う、ということらしい。なるほどなーと、隣にいる愛美に一緒に行こうかと声をかければ、殺せんせーはそこで大きい声を上げて、男女ペアになりましょう!!と言った。
そこに何か裏があるみたいだったけど、男女二人きりでもいかに連携をとって暗殺ができるのか、というのが殺せんせーの伝えたいことらしい。


「...はぁ...?」


いささか疑問は残るけど、何か言いくるめられた気しかしない。
少し疑念の意を込めて睨めば、思いの外みんなはそこまで気にしていないらしく、カルマくんが愛美に声をかけて一緒に組もうといった。


「わかりました。サチちゃんはどうしますか?」
「ん?」


カルマくんの誘いにこくりと首を振った愛美がこっちをみる。
私がキョロキョロと周りを見ている理由がわかったのか、カルマくんが意地悪そうに笑いながら、寺坂ならあっちだよと指を指す。
その方向を見れば、寺坂くんもキョロキョロと首を巡らせていて、目があった私に少し目を開いたかと思うと、足をこちらに向けて歩き始めた。


「じゃあ私は寺坂くんと行くよ」
「わかりました。気をつけてくださいね」
「愛美もね」


カルマくんと行く愛美に手を振って、寺坂くんの方へと小走りで近寄った。

何も言わずに彼を見上げれば、寺坂くんは後頭部をガリガリと掻いて、小さく息をついた。その仕草が、あんなに大柄だった頃の過去の寺坂くんに見えなくて、私はフフッと笑い出してしまった。


「何笑ってんだよ」
「ううん」


笑ってしまった私に少し怒りながらも、寺坂くんは小さく、行くかと口に出す。
私はそれにこくりと首を縦に振って、もう一度笑顔で彼を見上げた。










実際に洞窟に入ってみたものの、思いのほか暗いということ以外に特に何か怖いものがあるわけではなかった。何か完璧殺せんせー自身が怖がってたみたいだし。


「殺せんせーのゲスい考えが手に取るようにわかるね」
「あのタコ何がしてーんだ?」


寺坂くんの服の端を掴みながら暗い中を歩く。
そこあぶねーから気をつけろよと手を差し伸べてくれたり、かばうように前を歩いてくれたり。
意外に怖いものに弱いのかな?なんて思ってたから、この男らしい姿はちょっと予想外だった。


「寺坂くん、怖くないんだ?」
「結局はあのタコがやってることなんだろ」
「まぁ確かに」
「むしろ転んでてめーが怪我しないかが気がかりだな」
「私そこまでじゃないもん」



小馬鹿にしたように笑いながら言う寺坂くんの背中をばしっと叩く。
寺坂くんは肩越しにこっちを振りむいていてーよと抗議をすると、また前を向いて、今度はしっかりとした言葉で「知ってるよ」と言った。


「ん?」
「お前が、新稲が、運動音痴だけど頑張って動いてんのも。あと、体力ねーのも」


少し歩きにくい岩場についてしまった。前を向きながら、服を掴んでいた私の手首を握って、引っ張るように歩き出す寺坂くん。



「その分お前が頭を誰よりも働かせてんのも」



時折鳴るみずたまりのバシャリとした音。二人分の足音でそれを鳴らして、前へ前へと進む。寺坂くんは依然と前を向いたまま、それでもその左手は、私の手首をきっちりと握っていて。




「だから、たまに無防備になってるところも」




出口が近いのか光が見える。
そこに向かって伸びる坂に足を乗せて、地面をしっかりと踏みしめながら歩き出す。




「誰かがてめーを、守ってやんなきゃいけねーってことも」




体力のない私の足に合わせて、寺坂くんはスピードを緩めにして登っていく。
いつもよりは小さい声だけれど、そのうるさくない声は意外にもすんなりと私の頭の中へと入っていく。
寺坂くんは、出口らへんに近づいたことを確認して手を離し、いったん体をこちらに振り向かせて、もう一度手を伸ばした。
どうすればいいのか考えあぐねていた私に、しびれを切らした寺坂くんがチッと舌打ちをすると、私の手を、手首ではなく左手そのものを掴んで、ぐっと引き上げてくれる。


「ほらよ、着いたぞ」
「あ、うん。ありがと、寺坂くん...」
「おう」


出口に着けば、もうゴールを終えていたのだろう狭間さんと吉田くんと村松くんが木の下で座って談笑をしていた。寺坂くんはそちらを目視で確認すると、それじゃあなと一言言って、三人の元へと行った。


「サチちゃん、おかえりなさい」
「あ、愛美。ただいま」


寺坂くんの背中を見つめていた私に愛美が声をかけた。
もうすでに戻ってきていたのだろう、渚くんと茅野っちにカルマくんのいるところへ私も向かえば、カルマくんがニヤリと笑いながら「寺坂のことそんなに見つめてもしかして惚れた?」と聞いてきた。一瞬ドキッとしたけれど、それを聞いた茅野っちに渚くんと愛美が少し顔を赤くしながら、何言ってるの!?と私以上に動揺して。

自分よりも動揺してる人を見ると冷静になるというのは本当だったようだ。

私は少し笑みを浮かべて、カルマくんを見ながらこくりと首を縦に振った。


「え?」
「言わないけどね」



首を縦に振っただけ。
言ったわけではない。

数学特有の、『そういうことを言ってはいない』という引っ掛け問題のようなものだ。
カルマくんは肩を少しすくめて、ニヤリと笑う。


「本当、新稲ちゃんはなかなか喰えないよね」
「褒め言葉、どうもありがとう」


問題文には正解はない。ヒントのみしか載っていない。
でも、それを解き明かしていくのが数学だ。

未だに顔が赤いままの愛美の手を引っ張って、戻ってきた莉桜と原ちゃんのところへ行く。
もともと自覚は何となくしてたけど、これをはっきりとさせるのは今じゃない。


「おかえり莉桜ー原ちゃんー」
「あ、ただいまーサチ」
「ただいま、サチ」
「お帰りなさい」


愛美と二人で、手を振ってお迎えをする。少し顔の赤い愛美に、莉桜が目ざとく気付いてといつめるのを、自分には関係ないように飄々として過ごしてやった。




prev next


ALICE+