「吐くと言ったら村松ん家のラーメン思い出した。あいつな、あのタコから経営の勉強薦められてんだ。今はまずいラーメンでいい。いつか店を継ぐ時があったら、新しい味と経営手腕で繁盛させてやれってよ。吉田も同じこと言われてた。いつか役にたつかもしれないって」


全員変わっていっている。
最初はぐうたらに過ごしていたこいつらも、俺も。

『寺坂くんは変わりたいって思ってるくせに、変わることが嫌なんでしょ』

夏休みに入る前に新稲に言われた言葉だった。
今の状態が良いと、変わろうとしない自分を肯定していた。
変わっていく連中を見て、変わることを否定した。

本当は自分も、変わりたいと思っていたくせに、それを否定した。


「一度か二度負けたくらいでグレてんじゃねぇ。いつか勝てりゃあいーじゃねーかよ」


変わらないといけないと感じた。このままただなんとなく生きていたら、いけないと思った。
何がしたいとかそういうのは特になかったが、あのタコを殺すという目標に向かっていけば、何かが変わる気がした。

それに気づけたのは、新稲のおかげだと言うことに俺はとっくに気付いていた。


「100回失敗したっていい、3月までにたった1回殺せりゃ...そんだけで俺らの勝ちよ」


何回失敗したって、仲間が助けてくれる。新稲が何度も何度も最善のパターンを計算してくれる。一つがダメだとしても、次はこのパターン、次はもっと違うものを。
そうやって何度も何度も繰り返し変えていけば、いつかは勝利が必ず来る。


「...耐えられない...次の勝利のビジョンができるまで...俺は何をすればいい?」
「はぁ?


今日みてーにバカやって過ごすんだよ。そのために俺らがいるんだろーが」
「...俺は...焦っていたのか...」
「...おう、だと思うぜ」


イトナの触手が弱くなった。
力をなくしてだらんと触手が落ちていく。その隙をついて、タコが柵の向こう側からこちらにやってきた。その手にはピンセットが幾つかあった。


「今なら君を苦しめる触手細胞を取り払えます。大きな力をひとつ失う代わりに...多くの仲間を君は得ます。殺しに来てくれますね?明日から」


タコのその言葉に、イトナは力なく笑うと、触手が地面に次々と落とされていった。










「おはよう、イトナくん。隣の席だからよろしくね」


次の日イトナは教室にやってきた。新稲の隣の席に座ったイトナに、新稲が挨拶をする。今日1日は教科書がないため、机をくっつけて見せるらしい。
机をガタガタと鳴らしてイトナに近づき笑顔を見せる新稲。

なんだか少しイライラする。


「何寺坂、嫉妬?」
「はぁ?」


ニヤニヤと笑いながらカルマの野郎がこっちを見る。
俺は柄にもなくずっと新稲たちを見ていたらしい。カルマだけではなく前の席にいる吉田や村松、狭間までこっちを見ていた。


「何見てんだよお前ら」
「いやいや...まさかなーとは思ってたけど...本当だったとはねー...」
「何吉田と村松は気づいてなかったの?」
「カルマ気づいてたのかよ?」
「見てたらなんとなくわかんね?」


勝手に会話が進められている。気付いた気づいてないってなんだよ。なんの話だ、なんて気づかないふりをしておく。


「ねぇねぇ、やっぱり?寺坂くんとサチって、やっぱり?」


次は倉橋がやってきた。
一番前の席のくせに、わざわざ後ろの方までやってきた。今日もパーマをふわふわ靡かせながら笑ってやがる。


「俺はそうだと思ってるけどねー」
「私もそう思ってた〜」


カルマと倉橋が笑いながらこっちを見る。
幸いなことに、こういう時にいち早くいじってきそうな中村は今新稲と話している。
俺は気付かれないうちに、何の話だよと会話を打ち切ろうとしたが、そうは問屋がおろさなかった。


「サチーーーこっち来てー!!」
「んー?」


倉橋が新稲の名前を呼びやがったのだ。
カルマや吉田たちはよくやったと隠す気もないのか顔いっぱいににやけをちりばめていた。
俺は何してやがんだと倉橋を目一杯睨んでやる。いや、なんで俺はこんなに焦ってるんだ?


「どうかしたの、ひなの」
「今ね、寺坂くんがサチを「おい!!」


倉橋が変なことを口走る前に慌てて言葉を被せる。
倉橋はこっちをちらっと見ると、舌を少し出して笑いながら「少しからかいすぎたみたい〜」と言ってサチの腕に自身の腕を絡めていた。チッ、目の前でいちゃつくんじゃねーよ。


「ん?何?」
「なんでもないよーごめんね、呼んじゃって」
「ううん、大丈夫。寺坂くんもなんかごめんね?」
「あぁ?」


返事が少し雑になりすぎた。吉田に脇腹を肘て小突かれる。
俺は新稲の方を見上げて、あー、と言葉にならない声を発する。


「...イトナと机くっつけんのか?」
「ん?うん。まだ教科書ないんだって。それにイトナくん物理と数学すごい詳しくてさ、話止まんなくなっちゃったよ」


と、嬉しそうに話をしだす新稲。そんな笑顔もまたかわ...いやそうではなくて、俺の知らないところでイトナと仲良くなっていたなんて気づかなかった。
俺はそっけなく、へーと答えてしまうと、カルマには笑われるし、村松と吉田には苦笑をされた。


「ま、寺坂にはできないことだね」
「うるせーぞカルマ」
「え、なに、何の話本当に」
「大丈夫大丈夫、寺坂くんがサチに嫉妬してるって話」
「え?」


倉橋が最後にそういうと、新稲の腕から腕を離した倉橋が即座に中村のいたところへと走り寄っていく。思わずそっちを睨めば、中村も聞こえていたのか、あの、人をバカにしたような笑みでこっちをニヤニヤと見ていた。倉橋もごめんと言いながらも顔は笑っていて。


「...んだよ」
「寺坂くん、顔真っ赤」
「うわ、ほんとだ寺坂顔あけーぞ」
「あ!?」


新稲が笑いながらそう言うと、同じように顔を見てきた村松と吉田にそう言われる。狭間は声こそあげないが肩が震えていた。カルマも机に頬杖つきながらこっちを見ているし。

俺は舌打ちを一つして、未だにこっちを見てる新稲を見やる。


「...んだよ、こっちみんな」


赤い顔なんて、見られたくないに決まっている。
それこそ、意識してる異性になんてなおさら見られたくない。

何が面白いのか、新稲は未だにクスクス笑っていた。
それでも、俺のそばで笑ったり、なんでもないドウデモイイ話をしてくれたり、たまに数学を教えてくれるこいつを、俺は嫌うことなんてできないわけで。

俺は仕方なく、フゥと息をついて少し笑みを浮かべる。

さっきまで焦っていたりイライラしていたのがなんだったのかと思うくらい、なぜだか心が落ち着いていた。




prev next


ALICE+