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先日のあれから、なぜかシャルナークさんが何度も店にやってくる。
たまたま、シャルナークさんの名前が出なかったことは申し訳ないと思ってるけれど、だからと言ってそんなこれでもかというくらいいじめなくても、とは思う。
いじめというか、嫌がらせ、というか。
仕事してる間に何度も私の腰を撫でてきたり、お尻を触ってきたり、あんなのセクハラではないか。
しかも何回も俺の名前は?って聞いてくるし。軽くシャルナークという言葉がゲシュタルト崩壊してきてる。
「いらっしゃ...あぁ、シャルナークさん」
「うわ、ひどいなーせっかく俺が来たんだから嬉しそうな顔しなよ?」
ドアのベルが鳴って振り向けば、そこにいたのら今日もまたやってきたシャルナークさん。
嫌な顔を見せるのにも最近は抵抗がなくなってきた。
「嬉しいって...セクハラしないなら喜びますよ」
「えースキンシップじゃんこんなの」
シャルナークさんはそう言うとまた私の腰に腕を回してきた。
もういい加減慣れてきたから無理矢理離そうとはしないけれど、イケメンの類に入るシャルナークさんにそう言うことをされるのは未だになれない。
「ヨルって照れたりしないよね。もしかして男に興味ないの?」
「は?」
「全然反応しないんだもん」
唇を尖らしてそう言われても。
私なりに少しは照れてるつもりだったから、そう言われるとは思っていなくて。
「恥ずかしいとは思ってますよ。シャルナークさんイケメンですし」
「本当に思ってるそれ?」
「思ってますよ」
シャルナークさんは疑わしそうに私の顔を覗き込む。
私より随分と高い身長の人に覗き込まれれば、顔と顔の距離がとても近くなることぐらいこの人は分かってるだろうに。
「あは、本当だ、顔真っ赤だ」
シャルナークさんは何が面白いのか明るい声で笑うと、私の顔から距離を離して腰の手を離す。
やっと距離ができた。私は一安心して、本を持ち上げて棚に入れる作業を開始する。
「でもつまんない。もっと反応してよ、俺のことしか考えなくなるぐらいにさ」
背中を向けてしまったのがいけなかったのだろうか。
シャルナークさんは腕を伸ばして本棚に手をついて、後ろから抱きしめるように私の腰に再度腕を伸ばした。
「いや、あの、ほんとこういうの...困る...んで...」
息も絶え絶えにそういえば、シャルナークさんはまた面白そうに笑って、耳に口を寄せて息を吹きかけてきた。
もう我慢できない、こんなセクハラいい加減にしてくれと怒ろうとしたその時、シャルナークさんは私の肩を無理矢理ひっくり返し、私の背中を本棚に突きつける。
どんと鳴る本棚に、ぼとぼとと落ちる本。なんで今エールさんいないの。
「...まぁ、いいけどさ?」
どこがいいの?
目を鋭くさせて、こちらを下から上まで眺めながらも、手には力を入れてるシャルナークさんにそんなことは言えないけれど。
もしここで何かを言ったら殺されるか犯される。
犯されるほどの体も持ってないけれど、明らかにこの人は、私の嫌がるような事ばかりをしているから、無きにしも非ず、だろう。
「シャルナークさんは、一体何がしたいんです...?」
「んーなんだろう?とりあえずヨルの、いろんな事が知りたいかな?」
胡散臭い笑みでそういうシャルナークさん。そんな言葉、嘘に決まってる。
だけど私はそこで睨んだりしないで、大人な対応を示してやったのだ。
「シャルナークさんについて教えてくれるなら、いいですよ」
と。
その言葉がいけなかったのだろうか。
シャルナークさんは携帯を取り出して私の手にそれを無理やり持たせた。
「これ、俺が作った携帯。まだ携帯持ってないでしょ?あげるよ。お古だけど」
よくわからない形をしたヘンテコな携帯。
シャルナークさんはにっこりと笑って、そこに入ってるアドレスは俺のだから、と一言言った。
「は?」
「俺のこと知りたいんでしょ?教えてあげるから、今度一緒にデートでも行こうか?」
「はぁ?」
もう意味がわからない。この人何がしたいの?
私も意味がわからない。あんな対応しないで素直にやめろと怒ればよかった。
「それじゃあ俺帰るね。メールするから、無視しないでよ?」
シャルナークさんはそう言うと、それはそれは爽やかな笑みを浮かべて扉を鳴らして出て行った。
店に残ったのは手元の携帯と足元に落ちたたくさんの本だけ。
その場に座り込んだ私は、意味もなく腹が立ち、その場にあった本に拳をバンと打ち付けた。
からかうのも大概にしろよ、あの似非紳士、と恨めしそうにつぶやきながら。
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