君はわたしの心を知らない(2/2)

アッカンベーカリーの閉店時間があと10分程度になった頃、佐々くんは姿を現した。さすがに着替えてきたらしく、私服姿だ。見慣れている制服姿とは違い、なんだか新鮮である。佐々くんは軽く会釈をしたあと、トレイの上にカレーパンを2つ乗せ、レジへとやって来た。私がシフトに入っている時間に友人が来ることはなかなかないから、少し緊張してしまう。


「カレーパン2つで360円です」
「…はい」
「ありがとうございます」


お金を受け取り、お釣りを返す。しかし佐々くんがその場から動くことはなかった。何が言いたげに、視線をさ迷わせている。「佐々くん?」と問いかけると、彼は意を決したように口を開いた。


「あのさ」
「うん?」
「このあと、少し話せるか?」
「え?」
「ちょっと…話したいことがあるんだ」


そこで私は、佐々くんが緊張していることに気付いた。ぽりぽりと指先でかく頬が少し赤い。

それって、もしかして、もしかするんだろうか。

何となく「悟った」私まで、つられて頬が熱くなる。「と、とりあえず待ってるから!」と慌ててお店を出ていく佐々くん。

今日もオロチが迎えに来てくれるというのに、私はただ呆然とその背中を見送ることしかできなかった。




「俺、天野さんのことが好きなんだ」


ああ、やっぱり。予想が当たってしまって、私はどうしたものかと一人焦る。お店を出てすぐのところで佐々くんは待っていて、何の前置きもなく思いを告げられた。高校に入って初めての告白だった。正しくはオロチがいるから2回目ではあるのだけど…クラスメートから告白されたことは今までにないのだ。
だから、というかなんというか、こういうときの対処法がわからなくて、私は焦っている。


「返事は今度でいいよ、突然だったし…」
「え、あ、あの…」
「でもいい返事を期待してる」
「それはないな」
「え?」
「え?!」


そこへ突然入ってきた、誰かの声。いや、顔を見なくてもわかる。この声はオロチだ。慌てて振り向けば、そこには案の定彼がいて、ぎらぎらした目をこちらに向けていた。


「誰だ、お前?」


しかも、佐々くんに見えている、らしい。そういえば、暗くてよくわからなかったが、今日のオロチはいつもと雰囲気が違う。心なしか身長も高くなっていて…あれ、いつもの少年の姿じゃない。マフラーはそのままだけど、服はそれこそ佐々くんが着ているようなものだ。


「お前こそ、俺の七海に手を出すなんていい度胸だな」
「俺の…?」


佐々くんが戸惑うようにこちらに視線を投げ掛けてくる。慌てて何かを言おうとしたけれど、それはオロチに手をひかれたことにより叶わなかった。


「お、オロチ…」
「悪いが、七海はお前にやれない」
「…天野さんと付き合ってんのか?」
「ああ。そうだ」
「ちょ、オロチ!」


いやいや、違うでしょ!と目で訴えるが、逆に黙ってろと目で諌められる。その目がいつもより鋭かったので、私は何も言えなくなってしまった。


「…天野さん、今日の昼休みに話してたのって、そいつのことなんだな」
「え、えーと…」
「俺、諦めないよ」


そういって佐々くんはオロチを一睨みすると、踵を返して走って去っていった。残されたのは、オロチに手を捕まれたままの私と、ものすごく不機嫌なオロチ。沈黙がとても痛い。


「七海」
「う、うん!?」
「お前は俺のものだ」


しかし、低く名前を呼ばれて、顎を掴まれる。無理矢理振り向かされて、そのままキス、された。


「や、ちょ、オロチ…!」


まるで噛みつくように、オロチは唇を重ねてくる。青いマフラーが私に絡み付いて、オロチとの距離を無理矢理縮めた。

そんな、こんなのって、ない!

私の意思なんてまるっと無視して、佐々くんに勝手に付き合ってるとか言っちゃうし、こんなの、私は望んでない。
もっと、ちゃんと、自分の気持ちを納得させたかったのに…!


「オロチ!嫌だって!」


私の持てる最大限の力を振り絞って、私はオロチを突き飛ばした。たたらを踏んだオロチが、傷ついたようにこちらを見る。でも、傷ついたのは私だよ…!


「ひどいよ、オロチ!ばか!もう知らない!」
「っ、七海!」


最後、オロチは何かを言っていたけれど、私は振り向かずに走った。両目から涙が出てきて、一生懸命拭う。
でも、それは溢れるばかりで留まるところを知らない。
家に帰ってすぐ、景太やお母さんの声を無視して私はベッドへと潜り込む。

怒りとか、悲しみとか、何だかよくわからない感情で、いっぱいいっぱいだった。