わたしの話

私、天野七海が「その存在」に気づいたのは、多分小学6年生の夏休みのことだったと思う。

その日、私は小さな弟の手をひいて、おおもり山の夏祭りに来ていた。

おおもり山の夏祭りは、さくらニュータウンに住む私たち子どもにとって、年に一度の一大イベントだ。この日のためにお母さんが用意してくれた沢山のお小遣いを握りしめて、色とりどりの露店を回っていく。「姉ちゃん!どれ買う?!あ、あっちもおいしそう!」キョロキョロする景太が危なっかしくて、とりあえずりんご飴を買ってあげると、「わあい」と喜んだ弟が、少し静かになった。さて私は何を食べよう…そう思ったときのことだ。


「あれ、」


ふわふわと「それ」は、浮遊しながら私たちの横を横切った。そして神社の更に奥…森へと向かっていったのである。
明らかに「人」や、「動物」ではない「それ」。しかし、ぱちぱちと目を瞬く間に、姿は消えてしまっていた。

――見間違えだろうか。

私が隣を見ると、景太はりんご飴を頬張ったまま、他の露店を見つめている。

どうやら弟は、気づいていない様子だった。

再度、「それ」が消えた方向を見てみるが、そこにはただ暗い森が広がっているだけ。

あれは一体、何だったのだろう?
新しい種類の昆虫か何かだろうか。


答えを見つける前に、私の袖が引かれ、見下ろすと景太と目があった。既にりんご飴を食べ終えたらしく、棒を口にくわえながら見上げている。


「姉ちゃん、次、あれ食べたい」


まだ食べ足りないのか、景太は神社の中でもひときわ明るい場所を指差した。
暗い森をじっと見つめていたせいで、オレンジ色に光る提灯に目が眩む。少し痛いくらいだ。


「姉ちゃん?」
「え?ああ、トウモロコシ?」
「うん、そうそう」
「わかった。じゃあ、その棒は先に捨てていこうか」
「うん!」


景太からりんご飴の棒を受け取って、私たちは、トウモロコシの露店へと向かった。

――あれは何だったのだろう。

もう一度私は答えを見つけるために考える。
けれど、景太と一緒になって違う露店に目移りしている間に、私はいつのまにか「その存在」について、忘れてしまっていたのだった。


あの夏の日。
私が「それ」を初めて「見かけた」記念すべき日である。