わたしの話02

さて、どうしたものか。

私はアルバイト先(この春から始めた、アッカンベーカリーだ)からの帰り道、これからのことについて考えながら歩いていた。
自然と眉間にシワがより、顎に手がかかる。肘の辺りにかけていたビニール袋がかさりと音をたてた。
そうだ、パンをもらってきたのだった、と慌てて手を下げる。それからまた、私は何もない宙を軽くにらんだ。

――今まで通り無視を決め込むか。それとも「見えている」ことを伝えるか。

選択肢はたった二つだ。


幸い私はこの夏休み中、ほとんどバイトを入れているので、家にいる時間は短い。あの白い妖怪も、無視しようと思えばできる。

でも、バイトが休みの日はどうする?

見たところあの妖怪は景太を主人とし、私たちの家に居候することを決めたようだった。ということは、しばらく、それこそ何ヵ月、何年単位でいることになるかもしれない。そうなると、無視を決め込むのも一苦労だ。やりきれる自信がない。

それなら、景太に自分も「見える」といってしまった方が楽なのではないか。

いやいや待て、そう簡単に認めてしまえば、何だか厄介事に巻き込まれるような気がする。私のなかの第六感が危険信号を出しているのだ。…ただの勘なんだけど。
とにかく、そんなことになれば、今までの「見えないふり」という努力が水の泡だ。私は普通の生活がしたい。

それならどうする。やはり無視するのが一番か。

次から次へと考えが浮かんでは消え、私は悶々と道を歩く。
しかし、バイトでの体力的疲労と、空腹が勝り、結局家の付近になった頃には、もう何も考えられなくなっていた。




「ただいまぁ」
「お帰り、姉ちゃん!」
「おわっ」


玄関先で靴を脱いでいると、景太が走って背中に飛び付いてきた。あまりの勢いに、なんとか踏み留まる。
「危ないなあ、もう」と言うと、「ごめんー」と笑いながら額をぐりぐりと背中に押し付けてきた。

弟はもう五年生だというのにお姉ちゃん子だ。私としては嬉しいが、そろそろ注意する必要があるかもしれない。だってさ、さすがに恥ずかしいでしょ?私はそうたしなめてみるけれど、件の彼はお構いなしのようだった。
「ねえ、ねえ、姉ちゃん!パンもらってきた?」と私の背中に張り付いたまま、そう宣っている。


「うん、もらってきよ。だからどいて、」


そこで振り返った私は、一瞬息を止めた。なぜなら目の前にあの白い妖怪が、「どーん」と視界一杯に写ったからだ。
「んぎゃっ!」と乙女らしからぬ声が出る。…しまった、油断した。


「えええ!ちょ、お姉さん!私が見えてる?!見えてるんですか?!」
「ね、姉ちゃん!ウィスパーが見えるの?!」


そりゃ驚くよね。だって普通見えないものが見えているんだから。
「どうなの?!」と、一人と一体(妖怪の数えかたってこれでいいの?)が詰め寄ってくる。まさに鬼気迫る勢いだった。

――ああ、全て水の泡だ。

そう思いながら、私は「うん、まあ…」と頷く。同時に、「ええええーーー!!!」という叫びが玄関先で響いた。お母さんに怒られるまであと数秒といったところ。


この日私は初めて妖怪の存在を認識していることを、人にカミングアウトすることとなった。