オレンジ色の玉

それは、生暖かい風が肌を撫でる、夏の夜の事だった。



「じゃあねー!#名前#!また明日ー!」
「うんっ!また明日も頑張ろうね!」


桜中央シティ駅前の塾の前で、私は友達に大きく手を振ってから、自宅への道のりを歩き出した。テキストや筆箱が入った大きな鞄を抱え直して、あと何日で学校かあ、なんて指折り数えてみる。そしてため息。

夏休みの終わりが近づいてきているからだ。

始まった時には無限にあるように思えた時間も、今となっては数えることができるくらいである。


以前に比べ日が落ちるのが早くなったからか、あたりはすっかり夜の色に染まっていた。街の光が遠退くにつれて周りは更に暗くなっていく。賑やかな街の喧騒も、同じく小さくなっていった。
こつこつと私の足音が響く。もう一度鞄を抱え直して、少し足を早めた。

実は私はこの時間があまり好きではなかったりする。なぜならお化けとか、幽霊とか、そういう類いのものが苦手だからだ。高校生だろうがそんなことなかろうが関係ない。怖いものは怖いのだ。
なるべくなら夜出歩くこともしたくないのだけど、塾という二つ目の学校に通っている以上仕方がなかった。だから週に一回はこうしてドキドキしながら帰っているのである。

こつこつこつ。響く足音はまるで自分のものではないみたいだ。ああ、怖い。早く帰ろう。もう走ってしまおうか。そう思ったとき、ふと辺りに靄がかかっているのに気付いた。そして視界の横で何かが横切ったのも。


「え、あれ…?」


ふわりふわりと、小さい光が舞っている。「蛍…?」見渡せば一匹だけではない。そこら中で舞っている。こんな街中で、しかも川辺でもない場所で蛍なんて飛ぶのだろうか。

…怖い。

指先が冷たい。ぎゅっと心臓を捕まれたような気がして、ドクドクと音をたてはじめた。私は鞄を胸の前で抱えると、なりふり構わず走り出した。怖い。怖い。早く帰りたい。


「う、わっ!」


しかし何かに躓いて、勢いよく転んでしまった。慌てて起き上がろうとすると、スカートの下の膝がひりひり痛んだ。ふと足下を見ると、そこにはオレンジ色をした玉が落ちていた。先が少し尖っているが、透き通るその色はとても綺麗だ。誰かが落とした宝石なのかもしれない。怖くて早く帰りたかったはずなのに、そこで私はふと一瞬冷静になった。この宝石を探している人がいるかもしれない。交番に届けないと、と。わりと収集癖のある質なので、コレクションがなくなったときの悲しさはわかるのだ。でも、そんなことする必要はなかったのに。

足元のオレンジ色をした宝石に手を伸ばしたとき、まばゆい光が立ち込めた。一瞬で世界は真っ白になり、私の意識はそこで途切れることになる。ああ、早く帰れば良かったなあ、と思っても後の祭り。

遠くで、何者かの咆哮が聞こえる。目の前は真っ暗になった。