妖怪になったわたし
「…で、あなたはオレンジ色の玉に触れた瞬間、その姿になっていたと。なぜか鬼時間に迷いこんだ上鬼に見つかって、そこをくさなぎに助けられていた…そういうわけね?」
「はい、あの…多分そう、です」
青い髪をした彼女──名前はふぶきちゃんと言うらしい──は「受付」と書かれた札を元に戻しデスクに頬杖をつくと、ピンク色のスマートフォンらしきものを手にした。「人間が鬼玉に触れただけで妖怪になるなんて聞いたことないわ」嘆息しながら、不服そうに言う。
「えっ妖怪って、私が…?」
「あなた以外に誰がいるのよ。妖気のにおいがぷんぷんするんだから間違いないわ」
まるで怒られているみたいだ。
肩身の狭さを感じて、思わず肩を竦めた。「鬼玉、人間…調べても出てこないわね…」ふぶきちゃんは独り言をいいながらスマホを操作している。この不可解な現象が気にくわないらしい。それにしても、さっきくさなぎも言っていたけど、鬼玉って何なのだろう。
「あの、鬼玉というのは…?」
「私たち妖怪に必要なエネルギーの塊みたいなものよ」
そう説明されても、ピント来ない。けれどぼんやりしている頭でも、わかったことがある。
ふぶきちゃんを始め、くさなぎも、私を襲った鬼も、妖怪なのだということだ。
そして私自身も、ふぶきちゃん曰く妖怪になっている。
ハッキリ言って突然すぎて意味がわからない。
何で、私が、妖怪に?!
叫べるなら、叫んでしまいたかった。
そもそも死んだ覚えもないし、望んだこともない。私は「今のままで」十分だったはずなのに。
今まではついていけてない現実に、ぼんやりするだけだったけど、時間がたつにつれ自覚をしたら途端に鼻の奥がツンとしてきた。
「あの、私、人間に戻れるんでしょうか…」
そうしてようやく振り絞った声は、震えていたと思う。ふぶきちゃんはそんな私の様子にまたため息をつくと、「私にだってわからないわよ」と言った。でも、その声は先程より幾分、柔らかい。
「さっきも言ったように、人間が妖怪になることがあるのは確かだけれど、鬼玉に触っただけで妖怪になるなんて聞いたことないの」
「そう、なんですか…」
「でもあなた、運がいいんじゃない?」
「はい…?」
何もわからないまま妖怪になってしまった私のどのあたりが運がいいのか。ふぶきちゃんは私の苛立ちを感じ取ったようだったが、
「だって、」一度言葉を切ると、眼鏡をくいっとあげる。
「ここはバスターズハウスよ。困ってる妖怪を、私たちはたくさん助けてきた。そしてあなたは今まさに困ってる。そしたら助けてあげるのが私たちの役目だわ」
にこり、と今までで一番の笑顔を浮かべてふぶきちゃんはとんと胸を叩いた。「私がここの隊長に事情を話してあげる」
先ほどまで面倒ごとは嫌だと言っていたのに、実は世話好きなのだろうか。ふぶきちゃんの言葉に目が熱くなる。
「ここであなたもバスターズに加入して、パトロールしながら人間に戻れる方法を探せばいいわ」
「はい、ありがとうございます…って、え?」
感動に今にも涙を流さんとしたときだ。
何か、おかしな言葉が聞こえたような?
「さっそくブリー隊長に挨拶に行きましょう」
「えっ。あの、今、何て…?」
「だからーブリー隊長に挨拶に、」
「ち、違っその前ですその前!」
「バスターズに加入して、人間を探す方法を探せばってところ?」
「は、はい!その、バスターズに加入するって、えっと…念のために聞きますが誰が…?」
「はあ?あなた以外に誰がいるのよ」
やっぱりー?!
何てお約束な展開!
愕然としていると、ふぶきちゃんは「まさか、あなた、なーんにも働きもせず、ただ情報が入ってくるのを待ってるつもりじゃなかったんでしょうね?」と目を細めた。まさか、その通りですとも言えず「ははは…まさか…」と心のなかで涙を流す。そうですよね、タダで探してもらえるなんて思ったらダメですよね…。
「この世はギブアンドテイクよ。働かざる者食うべからず。当然でしょ?」
「はい…おっしゃる通りです…」
妖怪の世界も、人間の世界と同じようになかなかちゃっかりしている。
それにしても。
「あの、基本的なことで申し訳ないんですけど、そもそもバスターズって何をするんですか?」
「何って…さっきも言った通り困ってる妖怪を助ける仕事よ」
「その…具体的には?」
「あんたもくさなぎに助けられたんでしょ?あんな感じよ。あんな感じ」
あんな感じって、と思ったところですぐにあの赤い鬼の目を思い出した。ギラギラとこちらを睨む、その禍々しさ。くさなぎは、そんな鬼から逃げるわたしを助けれてくれたのだった。と、言うことは。
「まさかあんな鬼と戦うってことですか…?!」
「ま、そうね。鬼以外にもいろいろいるわよ。ビックボスとか」
何ビックボスって!ゲーム?!ゲームのボスみたいな?!
「む、ムリムリムリ!」
「ムリカベみたいなこと言ってんじゃないわよ。無理じゃなくて、やるのよ」
ぎろり、と再び睨まれ、私は肩を竦める。受付だというふぶきちゃんのほうが、よっぽどバスターズにふさわしいのでは、思った。
「ところであなた、何て妖怪なのかしら?見ため武将っぽいけど、名前はないの?」
「えっ、名前、ですか…それはさっき、」
「違うわよ。本名じゃなくて妖怪名。ちょっと待って。調べてあげる」
そう言うと、ふぶきちゃんはどこからともなく今度はタブレット端末を取り出してフリックし出した。妖怪の世界ってハイテクなんだなあ。「ああ、あった。これね」そしてくるりと回したタブレット端末の画面に載っていたのは。
「あつめ魔将。これがあなたの『名前』みたい」
甲冑を身に纏い、背中には籠。そして兜には、鬼玉のマーク。タブレット端末に写し出された写真は、私だ。いつ撮られたのだろう。背中の籠の持ち手を握りしめながら、走っている姿だった。
「あつめ、魔将…」
戦うことよりも鬼玉集めのほうが好きになってしまった武将。それが、『私』。
何で鬼玉?それにそもそも鬼玉って何なのかよくわかってないのに。
「後で妖怪メダルを作りに行きましょう。それよりもまずは、隊長に挨拶よ。行くわよ、あつめ魔将」
「は、い…」
突然与えられた私の名前。慣れないそれに違和感を覚えながら、私はふぶきちゃんのあとをふらふらとついていく。
私は、人間に戻れるのだろうか。その答えを、誰も教えてくれない。けれども私には、ふぶきちゃんのいうとおり、「やる」しか道がないのだろう。
「大丈夫、へっぽこな奴もいるけど、基本的に皆いい奴ばかりだから」
「はあ…」
くさなぎはその「いい奴」には入らないような気がするけれど。私は頷いて階段を上る。このバスターズを束ねるブリー隊長へのもとへと。
私も、今日からバスターズに入ることになるのだ。