おどろおどろし妖怪のまち

気付けば、私は知らない町にいた。くねくねと動く信号機に、ぎょろりとした大きな目玉が付いているビル。

全体的にカラフルなのに、どこかおどろおどろしい。そして町を闊歩するのは、人ならざらぬもの。

そういえば、私を助けてくれた人だって…


「…着いたぞ。降りろ」
「う、わあ!?」


どさっと降ろされて、尻もちをついた。じわじわと尾てい骨から痺れがやって来る。

もう少し丁寧に扱ってくれてもいいのに。仮にも女子なんだけど!

しかし文句を言う間もないまま、私を担いでいた彼は、そのままビルの中に入っていく。

ああ、ここがバスターズハウスなんですね…って!?


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


お尻をさする私のことなんてお構いなしに、命の恩人はすでにビルの中に消えてしまったのだった。

──助けてくれた割に、親切ではない。

しかし、喉まで出かかった言葉を飲み込む。こんなところに一人で置いていかれるなんてごめんだからだ。
私は慌てて立ち上がると、彼を追ってビルの中へと入った。抜けてしまっていた腰は、すでに元に戻っているようだった。

ビルの中に入ると、すぐに見えたのは、大きな青い車だった。上部には「BUSTERS」と書かれている。ビルに掲げられていたものと同じデザインだ。それにしても、バスターズって何なんだろう…。

ふと、部屋の奥に赤い色がちらついたので目を凝らしてみると、それは私をさっさと置いていった命の恩人のマントだった。
誰かと話しているらしく、ぼそぼそと声がする。車の影から覗くように見れば、青い着物をきた女性が机に頬杖をつきながら何かを話していた。


「お疲れ様。鬼玉は集まったの?」
「…そこそこだ」
「そう。そういえば、隊長がパトロール終わったら部屋に来いってさ」


どうしよう、話の間に割って入ってもいいのだろうか。「わかった」と頷いた彼が、マントを翻す。まずい、このままではまた置いていかれてしまう!


「あら、あの子は…?」


飛び出そうとした瞬間、私の気配に、女性が先に気付いてくれた。ぱちっと目が合う。とても可愛らしい女性だ。思わずぼんやり見とれていると、「ちょっと。誰なのよ?」と今度は若干棘のある声で言われた。

…しまった。なにも考えずに動き出してしまったから、どこから説明したらいいかわからない。でもとにかく、なぜ私がここにいるのかを話さないと!


「あの、私、その…!」
「…さっき拾った。あとはよろしく頼む」
「えっ!」
「はああ?!」


私と女性の声は見事に被った。

今まさに、私の口が動こうとしていたところだったのに。

しかしそんなことなどお構いなしに、恩人はついにマントを翻してしまった。


「拾ったって…ちょっと、意味分かんないから…ってくさなぎ!こら!ちょっと!」


…なるほど、彼は「くさなぎ」という名前らしい。かっこいい名前だ。でもそんなくさなぎは、引き留める女性も何のその、こちらを見向きもせず、さっさと階段を登って行く。


「くさなぎーー!コラぁー!」


──今度は声を大にしていいたい。

助けてくれた割に、とても不親切だっ!


「まったくもう!面倒くさいのはいやだっていつも言っているのに!」


バンッと苛立たし気に、女性は机を叩いた。受付と書かれた立札が、振動でひっくり返る。同時に私の肩までびくりと跳ねた。
「ちょっとそこのあなた!」「は、はい!?」そして取り残された彼女に、腕を組んだまま、ぎろりとにらまれた。

鬼の形相ってこういうことなのかもしれない。完全に目がつり上がっている。とてもかわいらしい女性であるのは間違いないのに、どこでそんな怖い顔を習得したのだろう。
赤い眼鏡をくいっとあげて、腕を組む。その仕草がなんとも様になってはいるんだけど…一つ私はとても気になることがあった。彼女の足元が浮いている。
人間のような姿をしているけれど、もしかして彼女は。


「仕方ないわね。あなた、名前は?くさなぎに拾われたってどういうことよ?」


──とりあえず、先ほど自分の身に起きたことを、彼女に話すことにしよう。きっと、くさなぎと呼ばれた彼よりは、話を聞いてくれる気がする。答えを出すのは、その後でもいい。


「あの、私、#名前#っていいます」


私はどこに来てしまったのだろう。
何でこんなことになっているだろう。

そんな自問自答を頭の片隅で思いながら、少しずつ話し出す。不思議と、「そういった類」は苦手なはずなのに、怖くなかった。

そして混乱する頭は、一方で意外にも冷静だった。