Oh, sleepy. I want to see a good dream.


 松野家末弟、松野トド松は障子越しにこそこそと話をしている兄達の声に耳を傾けていた。居間と玄関を隔てる廊下は少し薄暗く、足元は心なしかひんやりとしている。味のある家屋では幽霊でもいそうな気配がして、普段のトド松なら急いで居間に飛び込んでいただろう。
 だが、それはできない。トド松は今、兄たちに恐怖を抱いていた。
 心臓はばくばくと激しい音を立てている。冷や汗が頬を伝った。
 松野家ではない人から見たら、今の彼らの光景をたかだか兄弟の雑談ではないかと思うかもしれない。何をそんなに怯える必要があるのと。だが、円陣を組んで話しているのはあの有名な悪がきくそがきの六つ子たちなのだ。彼らが集まれば、そこにはとんでもない発想も集まる。
 なおかつ、トド松がこうも怯えているのは彼の兄たちがとんでもなく下衆で、クズで、どうしようもない鼻くそみたいな奴らだからだった。
 先日トド松が六つ子のアイドル、ななしと二人で食事に行ったことがばれていたことも、トド松ががたがたと震えるほど怯えている理由の一つでもあるのだけれど。
 トド松は障子の隅に穴を開けて中を覗く。五人の悪魔たちが背中を丸めて円になっていた。
「前々から思ってたけど、はっきり言ってあいつ調子のってない?」
 への字の口と下がった眉のまま、あっさりと言ったのは松野家の三男、松野チョロ松だった。
「僕のことダサいとか言って上から目線だしさぁ。あいつだってマネキン買いのくせに。僕見たことあるんだよね。あいつが店員にマネキンのと同じやつくださいって言ってるの。ほんと、ああいうお洒落ぶってる奴に限って自分のセンスに自信ないんだから人のこと言っちゃ駄目だろ」
(お洒落ぶることもできないくせに何言ってんの!?チョロシコスキーだけにはほんっと言われたくないから!チェックシャツにチノパンとか無難を通り越して国民服みたいなもんだからね!?その国民服さえ着こなせてない己を恥じて死ね!)
 ぎりぎりと下唇を噛み締めるトド松は死んだ出目金のような目をしていた。
「……まあ、俺はあいつが一番やばいって知ってたけど」
「どういうことなんだ、一松」
 カラ松が小首を傾げた。一松はのっそりとした動きで体操座りをして、顎を膝に乗せる。
「……だってさ、よく考えてみてよ。へそのしわフェチなんだよ?へそのしわってなんなの。あそこに性的な興奮ってする?頭おかしいでしょ。なに、女のあそこにちんこ入れるんじゃなくてへそにちんこ擦り付けたい挿れたいってこと?ってことはトド松のちんこはすっげー小さいんじゃないかってことになるし、舐めまくろうにもあそこは雑菌だらけだし、つまりやばい奴ってこと」
(存在が雑菌かつ変態な一松兄さんだけには変態って言われたくないからね?!だいたい一松兄さん、カラ松兄さんとめっちゃホモ疑惑出てるけどわかってんの!?なんで上半身裸で重なり合ってたっておそ松兄さんから聞かなきゃなんないわけ!?ちんこもお前らと一緒の大きさだし、銭湯で見てんだろ!馬鹿なの!?)
 みしっと障子の枠が軋んだ。トド松指先が強くくいこんでいる。
「まあチョロ松がダサいとかトド松が変態とかはこの際置いといて」
「あ?ダサくないっつってんだろ」
「俺が怒ってんのはさ、俺たちに黙って、内緒で、二人きりで、ななしちゃんとデートしてたってことなんだよね〜」
 鼻の下をこすりながらあっけらかんとした態度のおそ松にごくりと生唾を飲み込んだ。結構本気で怒っているらしい。
「おそ松に共感するぜ。ハニーとの逢瀬、一人占めすること許されないからな」
 胸にかけていたサングラスを器用に指先でくるくると回しながら最終的にサングラスをかけたカラ松が笑う。おそ松が立ち上がった。
「俺たち六つ子、何かを分け合うことなんてほとんどしてこなかったけどななしちゃんとトト子ちゃんに関してだけは違うじゃん?ちゃんと分け合わなくちゃいけないと思うんだよね〜」
「抜け駆けはコロース!」
 普段と同じように笑うと十四松の手には血に濡れた釘バットが握られていた。
「んじゃ、トド松。いっちょお仕置きタイムと洒落込もうじゃねーの」
 覗いていた穴からおそ松が近づいてくるのがわかった。トド松は逃げようとしたが腰が抜けてしまって思うように立てない。
 そうこうしているうちに勢いよく障子が開いた。この世の終わりという顔をしたトド松と凶悪な顔をした兄たち。
「トド松ぅ、言い訳はきかねーからな」
「フッ……今回ばかりは見逃すことはできないぜ、ブラザー」
「ななしちゃん可愛いからね。二人で出歩いて周りの奴らに自慢したいのはわかるよ?うんうん、よくわかる。でも実行していいかっていうとそうじゃないんだよねぇ」
「……いっぺん死ぬのも悪くないかもよ」
「ころーす!」
「ひっ!」
 ──六つ子とは五人の敵がいると思え。
 それが松野家六つ子の家訓だった。
 松野家からトド松の断末魔が聞こえた時、休日の昼寝をむさぼっていたななしはよだれをたらしながらハッと目を覚ました。
「……なんだ、あいつらまた喧嘩してんのか」
 寝ぼけ頭でそう呟くと、ななしはまた重い瞼をおろして、すやすやと眠り始めるのだった。
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