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    吉原には鬼がいる。
    人間を食う鬼だ。

    その噂を聞きつけて、任務に派遣された(強制的に連れていかれた)のがこちら、宇髄天元及びその嫁。そして竈門炭治郎、禰豆子、我妻善逸、嘴平伊之助。

    上弦の陸とその双眸の中に刻まれた鬼との戦闘で、瀕死の状態にまで追い詰められていた。
    退屈そうに、帯で、鎌で、致命傷にはならないように傷をつけていく。
    致命傷にはならないといっても、戦力を削ぐ為に遠慮なく攻撃されているのは分かっている。手加減されてこの強さなのか、と恐れ戦くのは、鬼殺隊士の方であった。

    「クソッ、お前ら一旦引け!!立て直すぞ!!!」

    「させると思うのかァ?」

    「宇髄さん!!」

    不意に、音柱に急接近してきた鎌から盾になろうと、竈門隊士が鬼の前に立ち塞がった。

    「堕姫ィッ!!!!!!!」

    竈門隊士が鎌を受け止めるよりも早く、帯がその身を捕らえんと迫る。間に合わない、と誰もが思うその時、兄の危機を察知した禰豆子が帯を蹴り飛ばした。

    兄たちの血の匂いに怒りは満ち、額からは角を生やした姿は正しく鬼であった。

    「………鬼を連れた鬼殺隊士?」

    「あァ…?」

    不可思議なものを見た、という様子の鬼が、次の瞬間驚いた顔つきで禰豆子を凝視した。

    「お前、まさかかまどたんじろうって名前かァ?」

    ぐりん、とこちらを見た鬼が、何故か竈門隊士の名前を知っていた。

    「そうだが、何故俺の名前を知っているんだ?」

    この戦いの中、鬼殺隊士達はお互いの名を呼ぶ暇もなかった。どうしてこの鬼は、炭治郎の名前を知っているのか。
    いつの間にか止んでいた攻撃の手が、するすると帯は戻り、鎌は鬼の手元に帰った。
    何だ、仕掛けてくるのか、と鬼殺隊士が腰を低く落とし、構えたのを見て───────

    上弦の鬼は、その場に背筋を伸ばして座した。
    その姿勢は伸びやかで、きっちり揃えられた膝と、手先には品があった。
    これはどうしたというんだろうか。
    先程まで、ほんのつい先程まで、荒々しく戦う鬼であったのに。静かに凪いだ理知的な瞳は眇られていて、こちらを眺める視線は穏やかですらある。
    急変した鬼の態度に、これまでにない経験に、鬼殺隊士達の動きが数瞬止まる。

    「先の御無礼、平に御容赦を。
    手前、謝花花魁が息子、名を太郎。
    鬼舞辻無惨より上弦の陸の数字を受け取りました鬼にございます」

    「同じく謝花花魁が娘、名を梅と申します」

    お待ちしておりました、ヒノカミ神楽の継承者様。
    そう言って、綺麗に礼をした鬼が二匹。

    なぜ急に態度を変えたのか、なぜ鬼舞辻無惨の名を口に出しても死んでいないのか、謝花花魁というのは誰なのか、そしてなにより───────

    ヒノカミ神楽について、知っているのか?

    唖然呆然とする鬼殺隊士が、正気に戻り、もしやこれは好機なのでは?と刀を掴む手に力を込め直した頃。
    音柱の嫁に避難させられたはずの遊女や禿達、人間がわらわらと鬼の前に出た。
    そして鬼と同じように、頭を下げて懇願するのだ。
    どうかどうか、吉原の守り神様を殺してくれるな、と。口々にそう捲し立てた。

    人喰い鬼なんかじゃない、喰われた人間っていうのは足抜けした遊女達のことだ。
    お優しい守り神様が、自分たちのせいにしろと仰ったことなのだ。それに甘えた我らが悪うございます。
    吉原を百年前からずっと守ってくれている神様なんだ、殺さないでくれ、代わりに殺されるから。

    遊女や禿、客たち、遊郭で働く板前や使用人でさえも、鬼の二人を庇うように頭を下げた。

    大勢の人に頭を下げられて、今までこんな経験をしたことがない者たちは大いに慌てた。
    頭を上げろと言っても、殺さぬ、傷つけぬと約束してくれるまで上げぬと言う始末。大勢の人間に囲まれて尚、鬼の二匹は決して顔を上げなかった。その頸を晒し、じっと動きを止めて、自分の生死を鬼殺隊士に委ねていた。

    「手前共が提供できるものは三つ。
    一つ、鬼舞辻無惨及び上弦の鬼の情報。
    一つ、鬼殺隊当主殿へかけられた呪いの緩和。
    一つ、これより起こり得る事態への対策方法。」

    「我ら兄妹、そこな娘様と同じく人間を殺したことはついぞありませぬ。
    加えて、百年前からずっと、貴方様方がこの世に産まれてきてくださることをお待ちしておりました」

    仰々しい、畏まった口調で話す鬼の二匹は顔を上げない。
    匂いで、音で、感覚で、嘘をついていないと分かる。
    上官である音柱を仰ぎ見た隊士達の眼差しは、実に雄弁であったことでしょう。

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