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手足を縛られ、口枷をされ、目隠しをされた状態で鬼の二匹は運ばれた。
口枷をする前に、鬼の二匹を運ぶ役目を負った隠達に世話をかける、と頭を下げると、困惑したような空気が漂ったが。太郎と梅にとっては、当たり前のことだった。人に何か迷惑をかける、かけたのなら、それ相応の礼を尽くせと。
どこかの庭にでもおろされた感覚がして、目隠しと口枷を外された。手足の拘束まで外そうとされて、思わず二人はギョッとして止めた。気休めかもしれないが、拘束はしておいた方が良いと。
そうしてやっと、目と口だけで賭けに出る場面に出た。
「はじめまして、太郎と梅と言ったかな」
穏やかな口調、涼やかな目元、鬼舞辻無惨にそっくりな面差し。しかしかの鬼より格段に器は広そうな、そんな男。
この男が鬼殺隊当主産屋敷か、と納得した。当主を守るように、盾となるように、向かいあわせで顔を見た柱達は、正しく母の話に出てきた通りの外見で、意思の強い瞳をしていた。
「お初にお目にかかります。
上弦の陸が鬼、妓夫太郎。本名を謝花太郎と申します。こちらは妹の梅でございます」
「本日は手前の申し出を受けて下さり、恐悦至極に存じます」
手足は縛られたまま、顔には口枷の跡、運ばれてきた際に乱れた髪。
みすぼらしい有様であろうと、背筋を伸ばし、恭しく礼をした鬼がいる。その様は紛うことなき人間のものであった。
ほう、と感嘆の吐息を吐いたのは誰だったか。
「恐縮ではございますが、まずは我らが持ちうる情報を説明させて頂いてもよろしいでしょうか」
「…おや。うん、構わないよ」
お館様の許可なく話そうものならば、と身構えていた柱達が、思わぬ言葉に目を開いた。
礼を尽くし、発言の許可を求め、決してお館様の顔を見ない。徹底された、目上のものへの礼儀作法であった。
「まず我らが鬼舞辻無惨の呪いから外れていることについてですが。呪いが外れていることにすら、かの鬼は気付いていないでしょう。」
「外すためには飢餓に耐えうる強い精神力、細胞単位での体の解析、そして何より糧とするものが必要になってきます。我らはこの糧を人間ではなく、よく眠り、そして酒を摂取する事で生きながらえてまいりました」
つまり、この鬼たちは…自分の体で実験を繰り返し、数十年かけて細胞単位で体をゆっくり作り変え、長い間隠し通してみせた、と。
「幸いにも、医学知識を学ぶ機会があったもので。
もし任せていただけるのでしたら、鬼殺隊内で医療面に長けている方とともに、当主殿の治療、もしくは緩和に務めさせていただきたく。」
必ずや、その命永らえさせてみせましょう。
そう啖呵を切って、不躾にも産屋敷を見る。
「…そちらの目的は、何かな?」
腑に落ちない顔をした当主の、胡乱げな眼差しにも負けるような鬼ではなかった。淀みなく、すらすらと、一切の躊躇もなく。
「鬼を人間に戻す薬が完成した暁には、ご相伴にあずかりたく」
「加えて、我らの身元を保証していただきたいのです」
一度も揺らぐ事なく。
言い切ったその言葉に、産屋敷が瞳を閉じる。
疲れたように息を吐いて、背を支える妻の手を握った。
「…拘束を解いておあげ。
そう。そうかい。君たちは、自分たちの代でこの争いを終わらせると決めているんだね」
何という覚悟か。鬼の身ながら天晴れ、という言葉を受けて、太郎と梅の拘束が解かれる。
警戒度を一気に高めた柱を前に、拘束を解いてくれた隠に呑気に礼など言っている。当主の信頼は勝ち得ても、まだ柱たちが残っている。
柱たちの信頼も得てこそ、ようやく勝負を始められるのだから。
「畏まらずとも構わないよ。どうぞ、私の子どもたちを説得してごらん」
当主の許可も得た。ならば逃げられぬよう、追い詰めていこう。
「百年は昔、俺たちの母さんがまだ生きていた頃に託された手紙と帯がある。
それぞれ俺たちの武器の中に隠してあるから一度武器を出現させるが、攻撃する意思はねぇからなァ」
「…これよ」
柱たちが武器を向けてきているのを当然だとばかりに見て、ズルン、と帯の中から更に帯を、鎌の中から手紙を取り出した。帯は柱たちの前に、手紙は産屋敷の妻の元へ。
丁寧に、迅速に投げ渡す。
読め、と顎で指し示し、拾わせて、あとは待つのみ。
帯を手に取った小柄な女…母の話では特徴的にあれが蟲柱のようだ。
蟲柱が、険しい顔で帯を見つめた。
「…確かに…この帯は百年ほどは年季の入ったものですね…。保存状態が良かったのでしょうね、綺麗な刺繍まできちんと残っています。
……刺繍?」
険しい顔から、訝しげな顔へ。
そして、刺繍を見て驚きを隠せなくなる。
「なぜ…何故百年前の帯に、私たちの名前が刺繍されているのですか」
帯に記してあったのは。
九人の柱の名前、そして産屋敷家七人の名前だった。金糸で織り込まれた文字は陽の光を浴びて、役目を果たさんと輝いている。
「母さんは起こりうる事態を知っていてアタシたちに警告をしたわ。危険な目に合わないように、って。
でもね、このままじゃアタシたちのことを最後まで心配したまま死んでいった母さんに、満足に土産話もできないのよ」
青筋を浮かべてその美貌を怒りに満たす梅は、兄と母によく似て壮絶な色気があった。
「…異様なほど嗅覚が優れていたり、聴覚や視覚、感覚が鋭い子、鬼の血肉を取り込んでも害とならない子達もいる。
そのような特異体質だったんだろうね、君たちの母君は。さながら、未来視とでもいうべきかな」
納得のいかない面子ももちろんいる、けれどこの程度、どうにかできなくてどうするのだ。
さあさ、鬼と踊りましょうぜ、と太郎と梅は華やかに笑った。
母親の笑い方そっくりであった。
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上弦の鬼、そして鬼舞辻無惨の情報を詳らかにしてやれば、柱達は警戒はそのままに戦略をたてることにしたらしい。
ああでもないこうでもないと唸る剣士の姿を見ることになるとはな、と太郎と梅は顔を見合わせた。
蟲柱と共に産屋敷を診察することを許可され、相談を重ねて少しづつではあるが緩和できるようになった。喜ばしいことである。
産屋敷邸に招くよう頼んだ隊士五人と顔を合わせ、それぞれじっと時間をかけて話をした。
竈門炭治郎にはヒノカミ神楽について、父親が熊の首を斧で落とせたのはなぜなのか思い出せと助言し、我妻善逸には兄弟子、そして師匠との関係について腰を据えて話せと勧め。
嘴平伊之助には、確かに愛されていたことを伝え。
栗花落カナヲには、蟲柱の覚悟と、今のうちに行動せねば後悔するのではないかと心配をし。
不死川玄弥には、鬼をいつでも食える訳では無いのは不利であろうと自分達の体の一部をやった。
そうして、話を沢山沢山した。
鬼舞辻無惨を倒すために、余所見などしている暇などなかったから。
産屋敷一家は、毎夜、過去からの手紙を読み返していたという。