「おめでとう!やっとだネ〜〜!!」
次の日学校に行けば、待ち構えていたかのように天童がそう言って盛大な拍手を響かせる。朝礼前で賑やかな廊下で。
「あ、ありがとう……でも、もうちょっとテンションとボリューム下げて………」
「いや〜〜!!長かった長かった〜!」
「ご迷惑おかけしましたから、静かに、」
「で!?キスは!?した!?したんだよネ!?」
「も、もう黙って!お願いだから!」
むぐ、と勢い余って変な声がするほどに口を抑える。
周りの生徒からの視線が痛い。「瀬見とより戻したらしいよ」なんて囁きが、聞こえたような、気がした。
顔の体温がかっと上がるのを自覚し、天童から手を離すとたまらず俯いた。
「こら天童。人の彼女を困らすな。」
ぼす、と教科書で天童の頭を叩き制止をかけたのは大平だった。ありがとうと声をかけてもちょっと微笑むだけだ。天童も見習え、と念を送る。
「そうだ、前ファミレスに行ったメンバーでお祝いでもするか?」何気なく大平がそういう提案をしたので珍しく感じられ、私は驚きを表情に隠さずに戸惑った。
「お!いいね〜!英太くんの奢りで!」
「天童の奢りでいいんじゃないか?」
「や〜〜ダヨ〜〜〜!」
そういってじゃれあいに近い口論を繰り広げながら、わたしはそれを見ることしかできない。トントン拍子に計画が立てられるのを見送るのはなんだかデジャヴだ。結局奢りかどうか決まったのかも分からないうちに、「皆に声かけとく〜!」なんて天童が捨て台詞を吐いて終了する。
もちろん悪い気がする訳でもなく、むず痒さに熱が顔に集まる。
赤いぞ、なんて言われたが放って置いてほしい。教室に逃げ込んだ。
天童が声を掛けた結果、全員が参加を了承したのはもうお決まりだろう。しかしそれは三年生だけの話だった。一、二年の三人組はどうも忙しいらしいが無理もない。
兎も角、三年だけでもまたバレー部の面子と外食なんて滅多に無く、浮き足立つのを自覚する。
向かったのはいつぞやお世話になったファミリーレストランだ。どうやら牛島くんが最近ハヤシライスを食べれなかったようで、彼に甘いバレー部三年が提案した場所だ。
「ホント、一時はどうなることかと思ったよ。」
「ほんとだな。二年の無愛想コンビも結構首突っ込んでなしな。」
「まぁ問題は、英太君たちの考え方だったもんね〜。」
注文し終われば早々、牛島以外は口々にそう言った。確かに思えば、一年の時から背中を押してもらうばっかりだった。隣の瀬見もそれを感じてなにも言い返せずに唇を尖らせている。
「ってゆ〜ワケで、今日は英太くんの奢りだからネ!」
「なにが、ってゆ〜ワケで、だよ!奢らねーよ!
天童テメー、誘ってきた時に『お祝いで』とか言ってきただろ!」
エー、とあからさまながっかりした顔の天童と、ふと目が合う。そして何かを思いついたのか、ニンマリと笑顔になったではないか。嫌な予感に堪らず顔ごと逸らす。
「じゃあ、チューした?」
びし、と隣の瀬見が固まるのが分かった。かく言うわたしも全身から汗が流れ出るような熱さに心臓をばくばく鳴らす。どうせ天童の事だ、私達の反応を見れば言葉を聞くよりも先に分かってしまうだろうに、嫌なのは、私達の言葉を待っているところだ。
「覚知りたいなぁ〜!頑張ったから知りたいなぁ〜!」
「ウゼェ!…したよ!悪いか!」
「キャー!神聖な学び舎でー!英太くんのエッチ〜!」
「こら天童、公共のご飯食べるところでそんな事を言うんじゃない。」
男子というのはいつもこんな会話をしているのだろうか。おかげで顔が真っ赤だ。全く、なんて言って首筋を摩る彼を盗み見た。耳まで真っ赤だった。
可愛い、と思うと同時にときめきに心臓を掴まれ、一層顔に熱が集まる。
「まァー、キスは前からあったよね〜。知ってる〜。
…で、どこまでヤッた?もうより戻す前から済んでた?」
この男はなんてことをなんて輝かしい笑顔で聞くのだろう。タイミングの悪いこと、大平はドリンクバーとサラダバーに出ていってしまった。牛島も特に話に興味が無いみたいだ。
しかし、瀬見はさすがに怒りを滲ませ、威圧を含める声色で、あのなぁ、と私の手を少し強く握る。
机の下のことで、突然の事で、私は跳ね上がる心臓に硬直して、なにも言えない。
「名前にそういうこと聞くなよ!…名前だけじゃなくて、女子にもな!」
「え〜、つまんな〜い!まぁ、じゃあ、この話は英太くんに後でたっぷり話してもらお!
う〜んとねー、じゃあ苗字名前さん!彼氏の好きなところは?」
「おい天童、なんでもかんでも聞きすぎだっつの…」
「対価交換ダヨ〜ん。いいじゃん、英太くんも聞きたくないの?」
目を細めた天童の問いに、瀬見はぐっと押し黙る。
おい、そこは「俺だけ知ってればいい」とか言ってはくれないのか。
まあ、それくらいなら、と少し考える素振りをして見せる。天童と山形、そしていつの間にか大平と牛島の視線さえも受ける。
ちら、と確認した瀬見も固唾を飲んで見守っている。360度の逃げ道を綺麗に埋められ、瀬見の期待に満ちた眼差しに少しイラッとしてしまう。それでも可愛いもんだからどうしたもんだか。
「瀬見っぽいところ、かな。」
少しだけ意地を張った、けれども嘘のない私の答えに、全員の頭上にハテナマークが浮かび上がるような気がした。
意地悪で「ゲスい」天童さえよく分からないような表情を浮かべていて、優越感が私の言葉をさらに滑らす。
同様に首を傾げる瀬見に向かった。
「瀬見の、男らしいところがあって、でもウジウジした面もあって。明るくて思ったことはなんでも言うくせ、責任感があって。面倒見が良いのに馬鹿で。ひたむきで負けず嫌いな努力家で。
そういうの全部ひっくるめて、瀬見っぽい、英太が好きなの。」
ぽかんとすること、数秒後。瀬見は見事なまでに紅潮し、てっきりなにかしら怒りの言葉をぶつけると思っていたが、手で顔を覆って真っ赤なまま目を逸らした。
「フゥー!いいね名前ちゃん!」
「ハァー!青いなぁ!クソ羨ましいぜ…!」
「お前らもう少し静かにしなさいね。」
「で!?で!?英太くんはどう出る!?」
壁にしていた手も剥がされ、仲間にずいずいと迫られる彼は助けろと言わんばかりの視線を寄越す。
裏切り者め、裏切ってやる。
少し意地悪な気持ちがひょっこり芽を出したのでそれに忠実に従う。笑って無視をする。
すると堪忍したように、けれど負けん気を目に宿し私に向かって言うのだった。
「ここでは言えねーほど、好きだ。
……から!!覚えとけよ名前!」
「英太くん野獣!これからここでは言えないような時間過ごす英太くん野獣!」
「天童はマジで黙れ!」
「はいはい。注文来たから静かにしろ。」
いい匂いを漂わせる肉たちがそれぞれの目の前に置かれればたちまちそれに夢中になる。男子高校生なんてそんなもんだろう。私も冷めないうちに、とスプーンを差し込んだところで、それを持つ手とは反対側の手を机の上から引きずり下ろし、強く引かれる。
「後で全部言うからな。」
低めの声のその一言だけで脊髄が震え上がる。
英太は私には甘い方だと思う。私がノーと言えば分かったと快諾するし、お節介なだけあって優しくすることを最優先としている。
野獣、さっき天童がそう言ったがまさにそれだろう。ノーとも言わせない強気に、言葉を返す事も出来なかった。