なれそめ 1

「好きだ」

彼の、告白にしては力強すぎる声が、そしてあの切羽詰まったような真っ赤な顔が頭から離れない。昨日のことではあるが追撃を許さないほどに飛び抜けてそれの事しか考えていない。
あれから常に考えてはいるものの彼のことを思い描くだけで心臓が破裂してしまう。

色々な意味で、ため息が止まらない。
結局夜は眠れる訳もなく、朝を迎えてやっと来た眠気と相変わらず強く意識を支配する人物に思考を奪われ
足取りをふらつかせながら学校に着く。
一年生である私達は、朝飼をつける当番によく回される。今更早起きは慣れっこだが、回らない頭のせいか小さいミスを何度かこぼす。

「あーー…………分量間違えた……カップで分けなきゃ…」

「どうしたの名前?今日は随分馬鹿やってんじゃん?」

「ちょっと、寝れなくて。」

「もー、大会の翌日だからって緩みすぎないでよー?…それより、昨日男バレとなんかあった?」

友人は乾草を千切りながら鋭いところを何の気なしに刺す。いつもだったらスルーできるレベルだし、ただタイミングがばったりだったからご飯に行った、とだけ言えばいいものを、彼女の目も点になるくらいに反応してしまったのだ。

「な、なんで?」

「いや、昨日も話してたし、最近瀬見?だっけ?と仲良さげだなって。…で、なにかあったんだ?」

もう、「別になかった」なんて誤魔化しも通じそうに無くて、昼休みに事情聴取を強いられる事になった。
ああもう最悪だ。けれど、誰かに吐けるのならそれはそれでいいかもな、と気合を入れ直して純粋な目を輝かせながら腹が減ったと嘶く馬たちに声をかけていった。



「なるほど〜?言い逃げ告白か〜?瀬見結構奥手なとこあるね?」

「ちょっと!そのワードと名前ださないで!」

「本人は食堂で食べてるの、ジュース買った時確認したじゃん。」

「………午前、避けられてた気がする。」

紙パックのフルーツジュースを飲みきってべこべこと凹ます友達が、もどかしいと叫びながら机を叩く。何人かのクラスメイトが振り返ったせいで冷や汗をかくが、彼らはなんだといった様子でまた元に戻っていた。


「うーん、どうせ告白しかえす勇気ないんでしょ?」

「…申し分もございません。」

確かにそんな勇気、自分の中のどこにも見当たらなくてうなだれる。そうか、自分に勇気があれば、それだけで済んでしまうんだな。
気弱になった私が逆らえないと見たのか、私のポーチから勝手にキャンディを取り出して口の中へ放り込む。


「山形か大平に聞いたら?」

「…大平くんに聞きます。」

「よろしい。じゃあ次の10分休憩に行こうか。」

交友関係は広くも狭くもない自分だが、この仲間でありライバルでもある彼女はとても男前な性格をしている。緊張だとか恥ずかしいだとかの気持ちをなんとか押し切り、何を聞こうだとか悩みながらも前を向こうと気持ちを切り替える。


「大平ー。って、なんで天童いんの!」

大平の教室に乗り込むと、そこにはいてほしくない人物ナンバーワンに輝きかねない天童がいた。苦い顔をした友人が話しかけると天童も負けじとリアクションをとる。

「教科書借りてただけだヨ〜。なになに〜告白?獅音やりぃ!」

「違うからー。まあいいや天童いても。瀬見の事なんだけどさ…」

友人が2人に口元をずいとよせ私にも聞こえないような小声で話し出す。あるタイミングで二人の視線が自分に向いた。天童が小さく「あら!」と言ったのを聞いて、告白のくだりなんだろうなぁと顔に熱を集め俯いた。


「で、これからどう進展させようって相談なんだけど。」

「そもそも英太くんに進展させる気があるって根拠はどこ?」

「うっ…」

天童の切り捨てるような突っ込みに心をグサリと刺される。確かにそうだ。告白を受けたからと言って、必ずしも付き合いたいという気持ちの現れではないのだ。その上瀬見は学校の英雄とも言われるバレー部のメンバーである。私よりもバレーを優先する可能性は少なくはないのだ。

「そうだな、だからそれも含めて話し合う場が必要なんじゃないのか?」

うんうんと友人も頷く。私も出来ることならばそれが最前の策であると、さすがに理解している。結論がどうであれ、何も話さなければ何も起きずに消えてしまうのだ。それだけは嫌だと、拳を強く握った。

「でも、なんか避けられてる気がして…」

「ありゃー、英太くん以外と怖がりだネ〜。」

「名前もね。」

沈黙が四人を包む。どんよりした空気が午後の和やかな教室に似合わない。ため息が出た。


「じゃあ話す場というより、話さなければならない場を設けたらどうだ?」

「いいねそれ。逃げ場のない二人きりの空間。」

「それなら格好の場所あるじゃん!」


こそこそと三人で話す世界からは蚊帳の外だ。何を話しているんだろうと待ちながら、持て余した視線をふらふらと泳がせる。
ふと、廊下を歩いている群衆の中に瀬見の姿を見つけた。瀬見もこちらを見つめた。彼は思わずといった様子でバッと目を逸らし、またゆっくりこちらと視線をかち合わせた。
その少しの動作に、彼の好意が、視線がフラッシュバックして胸が締め付けられた。

「じゃあ、そゆことで!明後日よろしくね。」

友人の声が思わず彼の世界に引き込まれそうになった私の意識を引っ張って戻す。はっと我に返った自分に、帰ろ、と優しく声をかける。
議論の結果はどうだった?と廊下を歩きながら聞くと、少し微笑みながらはぐらかされてしまった。微笑んでいた?いや、むしろニヤついていたかもしれない。







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