もぞもぞと、何かが小さく動く気配でうつらうつらではあるが目が覚めた。何故だかいつも以上に温かいベッド。まだ覚醒しきっていない意識の中、手探りでその"何"かを探す。ふにっとした感触がして一瞬ネコか?と思いもしたが。ユキはネコを飼ってはいない。というより、そもそもこのマンションで動物を飼うことは禁止だ。では一体この感触はなんだというのか。朝に弱いユキは、眠気と必死に戦いながらもその正体を確かめようと無理矢理に瞼を持ち上げた。真っ黒なカーテンで覆われている窓からうっすらと溢れる光で、だんだんとその形が見えてくる。

ぼやける視界に飛び込んできたものは、なんと小さな子供だった。その子も少しばかり驚いたらしい、気持ち程度に見開かれているであろうその目を見つめる。まるで黒真珠のようで見惚れてしまう。

「お...おはよう?」
「...おはようございます」

無言でいるわけにもいかず一応と挨拶をすると、子供らしからぬ丁寧な挨拶が返ってきた。
大きくて真っ黒な瞳、僅かにつり上がっている目尻と短い眉毛。やっぱりネコなんじゃないかな、なんて頭の片隅で思いながら、確かめるように目の前にちょこんと正座している子供のほっぺたに手を伸ばす。ビクッと震える小さい身体に、怖がらせてしまっただろうかと後悔しながらも、柔らかく弾力があるソレから手を離すことができなかった。優しくつまんでみたり、人差し指でつついてみたり。あまりの触り心地の良さに口元が緩むのが分かった。

「あの...そろそろ離していただきたいのですが」
「あっ。ごめんね、気持ちよくてつい...」
「いえ、お気になさらず」

そういえば、とユキはゆっくりと上半身を起こす。それに釣られたのか、何故だかさらに姿勢が良くなる男の子。ピシリと伸びた背筋に、綺麗に揃った太ももの上に重ねて置かれている小さな両手。


さて、いつまでも電気がついていない部屋の中にいるわけにもいかない。
ユキは「ちょっとごめんね」と一声かけてからベッドを下りる。軽く身体を伸ばしてから、テーブルに置いてあったリモコンを手にとって電気をつけた。いきなり全灯にしたせいか、あまりの眩しさに思わず目を瞑る。何回か瞬きを繰り返してベッドの方へと振り向けば、全く同じことをしている彼がいた。あまり子供が得意ではない、むしろ苦手意識さえ持っていたユキだったが。
何故だか彼には可愛らしさ、そして愛しささえ感じてしまっていた。まだ出会って数分、会話も一言二言。

「えっと...ボク、なんでここにいるか分かるかな?」
「分かりません。気が付いたらここにいました」
「なるほど...。じゃあ自分のお家がどこにあるか分かる?」
「私に、自分の家などありませんよ」
「ええっ?!」
「私はみなしごなのです。それに...ここで目が覚める前に、いけにえとして捧げられた身ですから。仮に家があったとしても、帰ることはできません」

次々と丁の口から聞かされる言葉に、何も言うことができないユキ。
家がない、孤児、そこまではなんとか理解できた。しかし生贄とは一体どういうことなのだろうか。この時代にそんな風習がある場所なんて存在するはずがない。もし存在していたら、とんでもない事態になってしまう。

「そんな顔をしないでください。」

なんとも言えない表情をしていたらしい。普通なら自分が気遣うところを、気遣わせてしまった。

「えっと...じゃあお名前は?」
「...村の者からは丁、と呼ばれていました」
「丁くん、か。よし、じゃあまずは一緒に朝ごはん食べようか!」
「え...」

ごはんを食べよう、とユキが声をかけると丁はあからさまに固まった。どうしたのだろうか、と不思議に思い俯いた丁の顔を覗き込むように首を傾げる。ぱちっと視線が交わると、気まずそうに視線を逸らされた。

「丁くん、どうかした?」
「あ...いえ、その」
「ん?」
「私に、ご飯など...。勿体無いです」
「へぇっ?!」

思わぬ言葉に間抜けな声が出てしまった。子供ってこんなに遠慮する生き物だっただろうか?親戚の子供たちを思い出してみる。あの子達は食べたいものがなければ泣きわめく、嫌いなものがあればやはり泣きわめく、思い通りにならないとひたすら駄々をこねる。思い出しただけで一気に疲労感に襲われてしまう。でもそれが子供というものではないだろうか?
泣いて、怒って、縋って、駄々をこねて。もちろんそれを注意したり躾はするけれど。

「ご迷惑かもしれませんが...水を一杯だけいただければそれで充分です」
「な、ななな何言ってるの丁くん!子供がそんなこと言っちゃダメ!」
「っ...」
「あっ...ごっ、ごめんね。大きな声出しちゃって...。で、でも...もうそんなこと言ったらダメだよ。子供はいっぱい食べていっぱい寝て大きくなるんだから。それに子供が迷惑かけるとか、そんなこと気にしないの。」
「...」
「分かった?」
「は、い」
「うんうん、よろしい!あ、でもご飯食べる前にお風呂入ろっか」




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