ホテルの一室に二人はいた。会話も一切なく、かと言って何をするわけでもない。気不味いというよりは、きっとどうしたらいいのか分からないのだ。





「...槙島さん」

小さな声で名前を呼んでみると、僅かに彼の身体が震えたのが分かった。それでも返事はない。この人に限って緊張しているということはないだろうが、少なからず動揺はしている。綺麗に整えられたベッドの上にうつ伏せになり、頑なに顔を隠そうとしている彼。さてどうしたものか...とグソンは軽く溜息を吐く。




「チェ・グソン」
「!は、い」
「キミは覚えているのか。あの、世界のことを」
「まあ、ね...覚えてなきゃこんなところに連れ込んだりしませんから」
「僕は...」

何かを言いかけて槙島は口籠もった。


「僕は、あの槙島聖護とは全くの別人だ。勿論全てを事細かく覚えているし、あの世界で感じた気持ちも残ったままだ。それでも確実に何かが違う。彼は死んだんだ」
「槙島さ」
「ずっと探してた」
「え...」
「僕はこの世界に生まれてからずっと、君を探してた。会いたくてどうしようもなかったんだ。時々おかしくなりそうだったよ、頭を駆け巡るこの記憶が事実かどうかなんて確証もないのに。」

自嘲気味に言葉を吐き出す。
彼の目元が赤みを帯びていることに目を見開く。初めてだった、あの世界に生きていた頃も彼が泣く姿なんて一度たりとも見たことがない。


「...」



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