貪欲



「サー、ご用意ができました。」

ファーが綺麗なコートを取り出して、手渡す準備も整った。

「あァ。」


目線を少しあげて、彼の姿をちらりと見る。

無駄のない引き締まった身体と美しい顔立ちに、存在感のある傷跡。あの傷跡が無かったら、とは考えたこともない。あの姿であってこそのサー・クロコダイル。


「オイ、覗き見が趣味なのか?」
「え………いえ…」


不意に掛けられた声。渋くて素敵な、声。

「ク、クク…」

もう一度下げていた目線を無理矢理に上げさせられる。
渇きを求めるその手で、するりと頬を撫でられ、ゾクゾクと背筋に刺激が走った。


「たまには真正面から見つめたらどうだ?横顔は見飽きただろう?」

目が合うだけで腰が抜けてしまいそうだった。見ていたこと、見ていることを隠そうとしていたこと、それは筒抜けだったのだろうか。


「お前の視線を毎日感じなきゃいけねェこっちの身にもなれ。なぁ、〇〇?」


お叱りを受けているこの間にも。名前を呼ばれてゾクリと甘美な刺激を受けている。なんて不謹慎な。


「も…申し訳…」

「いらねェな、謝罪は」


コートを手からすっと抜き取られる。ばさりと音を立てて羽織る姿を、隠すことなく、正面から目に焼き付ける。もう2度見られないかもしれない。



棒立ちの私にまた寄せられる右手。

吸い取られる。
それでもいい、かな。

彼の目を見て、ふふ、と笑いを漏らすと、その目が少し揺れた。


笑って細くなった視界が彼でいっぱいになった。
唇の感触だけが残っている。


「サー…?」

「〇〇。お前は、俺の横でも後ろでも、俺の正面からも、俺だけを見ていればいい」

「…!?」

「ただ、お前の視線で我慢できなくなる時もあるってことを覚えとけ。」


真っ直ぐに視線が交差した。再び降ってくる唇。

名残惜しく思っているとニヤリと彼は笑った。



サー、私はサーの視線を頂いてしまった。もう、知らなかった頃には戻れない。



←prev .next→


. . . top


ALICE+